「ねえ、ちょっと」
「んー? どうしたの?」
「……私が勉強してるのに、何一人で漫画読んでるのよ!?」
寛司の家にて。私はテスト勉強に誘われ、机に教科書とノートを広げていた。
が、その後ろで。自分の部屋だからとくつろぐ寛司は一切勉強するそぶりを見せず、漫画の一巻をソファーに寝転がりながら読んでいる。
「面白いよね、ポコピース。有美も読む?」
「勉強しろやぁ……っ。というかポコピースの一巻!? それ百巻くらい続いてるよね!?」
「うん? ああ、全巻持ってるから定期的に読み返すんだよね。何回読んでも面白いよ」
「彼女が! 勉強してる後ろで!! 読み返すなァァァァァ!!!」
私が怒鳴ると、寛司は渋々といった様子で読んでいたページに栞を挟んで、それを本棚に仕舞う。
コイツ、自分から勉強に誘ったくせに。今がテスト週間だってことをちゃんと分かっているのだろうか。
「寛司。あと一週間でテストなんだよ? ちゃんと勉強しようよ」
「ははは、有美は見た目によらず真面目だよねぇ。でも大丈夫。学校で聞いてる授業で大体全部頭に入ってるから〜」
「ぐぬ、ぐぬぬぬぬ。この天才め……」
そうだった。コイツ、天才だった。
この高校にはいるための受験期間。私は寛司と一緒に勉強する機会が非常に多かったけれど、その時何度も彼の天才っぷりを見せつけられた。
暗記科目は教科書を読むだけで覚え、その柔軟な頭故か計算問題での応用や文章読解にも長けている。
まあ要するに、勉強に関しては私は寛司の足元にも及ばない。この高校に一緒に入ることになったのも元はと言えば私の第一志望にコイツが無理やり合わせてきたからで。本来であれば私達は同じ高校に通うような頭の近さではないのだ。
「ね、有美。もう一時間も頑張ってるんだし少し休憩しない? 美味しいカフェオレがあるんだけど」
「頑張ってるの、私だけ……」
「細かいことは気にしないでぇ。ほら、休憩しよ? 大丈夫、分からないところは後で全部俺が教えるから!」
「うーん、すっごいムカつくけど。確かに少し疲れたし……。分かった。十分だけね」
「やった! じゃあ淹れて来るから待ってて!」
「はいはい」
悪魔かあいつは。自分は勉強せずにまじめに取り組んでいた私をたぶらかしてくるなんて。
(ただ、寛司に教えてもらうと死ぬほど効率いいんだよね……)
はぁ、とため息をつきながら基本性能の差にがっくりしつつ、私は座布団の上で正座していたのをやめてソファーに寝転がる。
受験勉強の時も寛司にはよく助けられた。地頭がいいからかあいつは人に教えるのも本当にうまくて、スッと内容が頭に入ってくる。できるだけ自分の力で、なんて頑張ってはいるものの、やっぱり今回も寛司の力を借りることになりそう。
「……勉強、したくないなぁ」
右手がヒリヒリしている。要領が悪い私は書いて暗記するから、何度も何度もシャーペンでノートを黒く染めていた私の右手は悲鳴を上げていた。
せっかく、寛司の家にいるのに。私もあいつみたいに頭が良ければ一緒にダラダラと。いつもの休日みたいにこの部屋でくつろげるのに、なんて。
(あ、やばい。今日は少しだけ、いつもより甘えたい……かも。勉強、頑張ってるし。ちょっとくらいいいよね……)
寛司の匂いが染みついた枕を、ぎゅっと抱きしめながら。少し凹んでしまった気持ちを慰めてもらうことを決意して、半開きの扉を見つめた。