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第53話 確かに聞こえた幻聴

「ゆーし、大丈夫かな……」


 ポツン、と一人部屋に取り残された私は、涙も止まって失った水分をお茶で補給しながら。呟いた。


 どうしてそこまでなのかは分からないけれど、憂太のゆーしを憎む気持ちは本物。ゆーしは一人で仲直りをしに行くって言ってたけど、どうするつもりなんだろう。私ですら、あの気持ちに歯止めをかけることはできなかったのに。


「気に、なるなぁ。ちょっとだけ、覗こうかな……」


 漫画で読んだことある。こういうのは漢同士の戦いってやつで、多分私が首を突っ込まない方がいい場面。


 分かっているけれど、どうしても気になる。ゆーしは自信満々だったみたいだけど、どうやって憂太と仲直りするつもりなのか。


「ば、バレないようにするし。こっそり見ちゃお」


 すすす、と抜き足差し足を徹底しつつ、私は部屋を出て廊下に。そこから隣に位置している憂太の部屋の扉の前に移動した。


 幸い、扉はほんの少しだけ開いている。閉じていたらどうしようかと思ったけど、これなら簡単に覗けそう。


「憂太も……だよな」


 隙間から片目で中を見ると、ゆーしが勉強机の前にいる憂太と話していた。


 ちょうど説得中というか、話し合いの最中なようで。声は小さくてあまり聞こえないけれど、憂太が掴みかかっていかないところを見ると案外上手くいっているのかも。


(頑張れ、ゆーしっ!)


 握り拳を作りながら、ゆーしの頼もしい背中を見つめる。


 昔は三人で仲良く遊んでいた。私とゆーしの仲がよかったのはもちろん(あの時期だけは私のせいで怪しかったけれど)、そこに憂太も混ざって三人で遊ぶことも多かった。ゆーしにい、ゆーしにいって。私の甘えんぼな性格が遺伝しているのもあって、ゆーしにべったりだったのに。


 今では私のせいでこんなことになって。なんとか昔の仲良しだった頃に戻ってほしい。憂太だって絶対、心の底からゆーしを嫌っているというわけではないはずだから。


「僕は……違う。そんなんじゃ……弟として……たくてっ!!」


「そうか。憂太が……いい。でもな────」


 憂太が何か言い返している。まるで怒りの核心を突かれたかのような動揺っぷり。ゆーしは一体何を言ったのだろう。


 より耳を澄ませて、二人の会話に集中する。目で見ながらというのはもうやめて、扉の隙間に左耳を直接当てた。


「俺は、由那のことが好きだ。お前から……お姉ちゃんを奪い取るぞ」


「……………………へ?」


 今、ゆーしは何て……?


 ち、違うよね? ただの聞き間違い、だよね?


(私のことが好きって……聞こえたんだけど!?)


 ドクン、ドクンドクンドクンと自分でも分かるくらい心臓の動きが激しくなっていく。


 由那のことが好きだ。そう、聞こえた。ゆーしから少し距離があるしめちゃくちゃハッキリとそう聞こえたわけじゃないけど。それでも確かに、私の耳にはそう聞こえた。


 いや、いやいやいやいやいやいや。違う、絶対違う。これはきっとあれだ。私がゆーしのことを好きすぎて、幻聴が聞こえたんだ。


 まさかゆーしが私のことを、なんて……そんな……っ!!


(って、固まってる場合じゃない!?)


 頭がぐるぐると回り思考がごちゃ混ぜになっていく中、微かに二人の話し合いが終わり、ゆーしがこちらに向かってくるのが見えた。


 咄嗟にその場から離れた私は、大急ぎで元いた私の部屋へと戻る。なんとかギリギリ難を逃れると、数秒して。ゆーしが帰ってきた。


「ただいま。……って、由那なんか顔赤くないか?」


「へぇっ!? き、ききき気のせいだよ!」


「そ、そうか? まあひとまず、憂太とはある程度仲直り……というか。話はできたよ」


「ほ、ほほ本当? な、ならよかったぁ……」


 ああ、どうしよう。ゆーしの顔まともに見れない。


『俺は、由那のことが好きだ』


(きゅぅぅう……)


 頭の中にさっきの幻聴がフラッシュバックする。


 私は、ゆーしに好きになってもらいたくてアプローチしてるのに。いざゆーしが私のことを好きだって。そう言っているのを意識した瞬間、身体中が熱くなって胸が締め付けられる。


 恥ずかしい。私今、絶対顔真っ赤だ。こんなところ、ゆーしに見せられないよぉ……。


「じゃあ、今日はもういい時間だし俺はそろそろ帰るわ」


「え? もう帰っちゃうの?」


「大丈夫。明日もまた来るから。今日は色々あったしあんまりもう集中力残ってないからな。明日から、また頑張ろう」


「そ、そっか。分かった……」


「んじゃ、また明日の朝な」


「……うん」


 広げていた教科書やノートを片付けたゆーしは、最後に私に一言挨拶して。部屋を後にした。


 本当はその後ろ姿を追いかけてちゃんと見送りしたかったけど。私の身体は火照り続けていて、うまく動かない。


「私の、バカ。こんなんで真っ赤になってたら、ゆーしのお嫁さんになんてしてもらえないよぉ……っ!!」


 手でそっと頬に触れると、やっぱり熱い。


 ゆーしと別れるのは残念だけど、このタイミングでむしろ良かったかもしれない。


「う゛ぅ……う゛う゛ぅっっ!!」



 やるせない気持ちをぶつけるかのようにベッドに飛び込んだ私は、そのまま抱き枕に思いっきり顔を埋めて、一人。人様にはお聞かせできない声で、悶えた。

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