「入るぞ、憂太」
二回。憂太の駆け込んだ部屋の扉をノックし、返事も聞かずに中へと入る。
憂太は、勉強机で一人泣いていた。啜り泣きながら俺の存在に気づくと、急いで涙を拭き、真っ赤な目で敵意を剥き出しにする。
「なん、だよ。帰れよ、裏切り者……っ!」
「そう言わずに、さ。昔みたいにゆーしにいって呼んでくれよ。俺は憂太と仲直りがしたくて来たんだ」
「ふざ、け────っ!?」
三つも年下の中学生。
でも、もう中学生。そんな憂太に、俺は深々と頭を下げた。
再び言葉をぶつけようとしていた憂太が動揺で口を紡ぐ中、俺は精一杯の誠意で謝罪した。
由那の話を聞いて。改めて、自分に問い直して。そうやって出した結論。
今回の件は、全て俺が悪かった。由那も憂太も悪くない。悪いのは全部、俺だ。
「聞いたよ。由那が俺と別れた後、どうなったのか。どうやって今の姿になったのか。そして気付かされた。俺は……お別れを本当の別れにした。しようとした。諦めてたんだ、由那とは大違いだよ」
会いに行くべきだったのは。再び会おうと志すべきだったのは。二人を置いて遠くに行ってしまった俺の方だった。
由那は俺にもう一度会いたいと渇望し、努力を続けてくれたけど。本当は俺から会いにいかなきゃいけなかったんだ。由那を……幼なじみを想うなら。
「憂太も、辛かったんだよな」
「何を、分かったような……っ!!」
「分かるよ。”大好きな人”が自分に振り向いてくれない上に、自分達を裏切った奴を想ってる。そんなの、辛いに決まってる」
「っっ!!!」
昔から気づいていた。
憂太は、由那のことを姉とは思っていない。
────好きなのだ。一人の女の子として。
俺への憎しみの根源はこれだ。
恋心を抱いた人を取られるという嫉妬、そしてその相手が彼女を苦しめた人である事。その二つが重なって、憂太の中に強い憎しみを作り出していた。
「僕は……違う。そんなんじゃ、ない。ただ、弟としてお姉ちゃんに幸せになってもらいたくてっ!!」
「そうか。憂太がそう言うなら、それでもいい。でもな────」
ああ、俺はなんて馬鹿な事を言おうとしているのだろう。
仲直りに来たはずなのに。こんなことを言ったら、ただの……
「俺は、由那のことが好きだ。お前から……お姉ちゃんを奪い取るぞ」ただの、勝負宣言だ。
でも、憂太にだけは言っておかなければいけないと思った。由那のことを特別に見ている、憂太にだけは。
当然、俺の気持ちを告げられて穏やかな顔はしていなかった。怒りとか、嫉妬とか、敵対心とか。そういうのが色々混ざって、俺に掴みかかろうとせんばかりの勢いに見えた。
見えた……けど。憂太はそんなことはしない。
中学生。まだまだそれは子供を表す言葉かもしれないけれど、彼は一人の人間として。男として。成長しているから。
「……け、ない」
目元をゴシゴシと擦り、腫れた涙袋に力を込めながら。憂太は、静かに宣言する。
「負けない、から。ゆーしにいにお姉ちゃんは……絶対、渡さない!」
「おう。どっちが勝っても恨みっこなしだからな」
自覚した、由那への気持ち。
それはこれまでの人生で初めて抱いた、”好き”の最上級形。
俺は、由那のことを一人の女の子として好きだ。ただの幼なじみのまま終わりたくない。だから……
(告白する。絶好の場を作って、由那に。付き合ってほしいって)
彼女と再会しておよそ一ヶ月半。何度も何度も由那との日常を過ごした。それはたったの一ヶ月半という短い期間だったかもしれないが、俺が好きを自覚するには充分すぎる期間だった。
由那のいない生活が、考えられない。ふとした瞬間に由那の笑顔を思い浮かべてしまう。今も、そうして”好き”を自覚できる。
憂太には悪いが、負けるつもりはない。姉弟として俺よりも遥かに長く、より濃密な時間を由那と過ごしているのかもしれないけれど。そんなもの、知った事か。
────この好きは、誰にも負けない。