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第52話 勝負宣言

「入るぞ、憂太」


 二回。憂太の駆け込んだ部屋の扉をノックし、返事も聞かずに中へと入る。


 憂太は、勉強机で一人泣いていた。啜り泣きながら俺の存在に気づくと、急いで涙を拭き、真っ赤な目で敵意を剥き出しにする。


「なん、だよ。帰れよ、裏切り者……っ!」


「そう言わずに、さ。昔みたいにゆーしにいって呼んでくれよ。俺は憂太と仲直りがしたくて来たんだ」


「ふざ、け────っ!?」


 三つも年下の中学生。


 でも、もう中学生。そんな憂太に、俺は深々と頭を下げた。


 再び言葉をぶつけようとしていた憂太が動揺で口を紡ぐ中、俺は精一杯の誠意で謝罪した。


 由那の話を聞いて。改めて、自分に問い直して。そうやって出した結論。


 今回の件は、全て俺が悪かった。由那も憂太も悪くない。悪いのは全部、俺だ。


「聞いたよ。由那が俺と別れた後、どうなったのか。どうやって今の姿になったのか。そして気付かされた。俺は……お別れを本当の別れにした。しようとした。諦めてたんだ、由那とは大違いだよ」


 会いに行くべきだったのは。再び会おうと志すべきだったのは。二人を置いて遠くに行ってしまった俺の方だった。


 由那は俺にもう一度会いたいと渇望し、努力を続けてくれたけど。本当は俺から会いにいかなきゃいけなかったんだ。由那を……幼なじみを想うなら。


「憂太も、辛かったんだよな」


「何を、分かったような……っ!!」


「分かるよ。”大好きな人”が自分に振り向いてくれない上に、自分達を裏切った奴を想ってる。そんなの、辛いに決まってる」


「っっ!!!」


 昔から気づいていた。


 憂太は、由那のことを姉とは思っていない。


────好きなのだ。一人の女の子として。


 俺への憎しみの根源はこれだ。


 恋心を抱いた人を取られるという嫉妬、そしてその相手が彼女を苦しめた人である事。その二つが重なって、憂太の中に強い憎しみを作り出していた。


「僕は……違う。そんなんじゃ、ない。ただ、弟としてお姉ちゃんに幸せになってもらいたくてっ!!」


「そうか。憂太がそう言うなら、それでもいい。でもな────」


 ああ、俺はなんて馬鹿な事を言おうとしているのだろう。


 仲直りに来たはずなのに。こんなことを言ったら、ただの……


「俺は、由那のことが好きだ。お前から……お姉ちゃんを奪い取るぞ」ただの、勝負宣言だ。


 でも、憂太にだけは言っておかなければいけないと思った。由那のことを特別に見ている、憂太にだけは。


 当然、俺の気持ちを告げられて穏やかな顔はしていなかった。怒りとか、嫉妬とか、敵対心とか。そういうのが色々混ざって、俺に掴みかかろうとせんばかりの勢いに見えた。


 見えた……けど。憂太はそんなことはしない。


 中学生。まだまだそれは子供を表す言葉かもしれないけれど、彼は一人の人間として。男として。成長しているから。


「……け、ない」


 目元をゴシゴシと擦り、腫れた涙袋に力を込めながら。憂太は、静かに宣言する。


「負けない、から。ゆーしにいにお姉ちゃんは……絶対、渡さない!」


「おう。どっちが勝っても恨みっこなしだからな」


 自覚した、由那への気持ち。


 それはこれまでの人生で初めて抱いた、”好き”の最上級形。


 俺は、由那のことを一人の女の子として好きだ。ただの幼なじみのまま終わりたくない。だから……


(告白する。絶好の場を作って、由那に。付き合ってほしいって)


 彼女と再会しておよそ一ヶ月半。何度も何度も由那との日常を過ごした。それはたったの一ヶ月半という短い期間だったかもしれないが、俺が好きを自覚するには充分すぎる期間だった。


 由那のいない生活が、考えられない。ふとした瞬間に由那の笑顔を思い浮かべてしまう。今も、そうして”好き”を自覚できる。


 憂太には悪いが、負けるつもりはない。姉弟として俺よりも遥かに長く、より濃密な時間を由那と過ごしているのかもしれないけれど。そんなもの、知った事か。





────この好きは、誰にも負けない。

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