「由那の、ワガママ……?」
頭の上にはてなマークを浮かべる俺の手を、由那はそっと握る。
あの日。由那が一体何のワガママを言ったというのか。ワガママどころか悲しいながらも俺との別れを受け入れ、見送ってくれたというのに。
「ね、違和感はなかった? こんなに会いたかったって言ってる割に、私は一度もゆーしに連絡したことがない。両親同士が仲良いんだから、携帯番号も、どこに引っ越したのかも。全部知っててもおかしくないのに」
「え? あ……」
考えたことがなかった。
由那は、俺にいつでも連絡を取ることができたというのか? 由那のことを忘れようとして新しい生活を送っていた俺はともかく、ずっと会いたいと思ってくれていた彼女が、それだというのに一度も連絡をしてこなかった。それは確かに、言われてみれば違和感だ。
じゃあ、なんでそんなことをしていたのか。恥ずかしくて、なんてことで躊躇う奴でもないだろう。当時の由那が俺のことを今のように好いてくれていなかったとしても、少なくともそれはずっとじゃない。現に今はこうして積極的に俺の手を握っているのだから。
つまり、連絡できたのに″あえて”しなかったということになる。
「なんで、だ? それが、お前の言うワガママの正体なのか?」
「ふふっ。それはね……」
ぎゅぅ、と手を握る力を強めてから、甘い匂いで俺の鼻腔をくすぐって。由那は言う。
「ゆーしに、可愛いって言ってもらえる女の子になって会いたかったから。憂太の言葉を借りるなら、私を置いてどこかに行っちゃったゆーしに対する復讐……みたいなものなのかな」
復讐。その言葉にピクリと身体を反応させる俺に、「勿論恨んでなんかないけどね」と付け足す。
それから由那は、こう語った。
俺の記憶に一番新しい、俺に対して冷たかったあの時期。あれは俺を嫌っての行動ではなく、どこか一緒にいるのが照れ臭くなり始めた時期ゆえの下手くそな照れ隠しだった、と。
そしてそんな状態の自分でもう一度俺に会っても、結局新しい意味での思い出は更新されない。だから俺と会うのを必死で我慢して、次会った時に可愛いと言ってもらえるような。そんな女の子になるために、努力を続けたのだと。
「ゆーし、鈍感なんだもん。生半可なアプローチじゃ、これっぽっちも振り向いてくれない。だからこうして、いっぱい可愛くなれるよう努力したんだよ? 全部、ゆーしのために……」
「俺の、ため!?」
「……うん。結果的には憂太も巻き込んじゃったけど。これが私のワガママ。ゆーしに可愛いって言ってもらって、頭を撫でてもらって。ぎゅっ、てしてもらって。今ゆーしが私に対してしてくれてる行動全てが、私にとっては昔夢描いた理想なの」
胸の奥が、ギュッと熱くなった。
再開した時。なんて可愛い子なのだろうと思った。少しスキンシップが過剰だったり距離感がバグっていたりと、問題点もあったけれど。
それでも、やっぱり頭の根本にあるのは、由那に対する可愛いという気持ち。そして今語られたのは、そんな彼女を作り上げたのが俺に対する気持ちからであるという事実。
(コイツ、本当に……)
五年間。五年間もの間、ただ俺に「可愛い」と。そう言ってもらうためだけに。美少女は、更なる美少女へと進化した。
凄まじい気持ちの有り様だ。
嬉しい。唯一、俺が懸念していた今と昔の差。あの時期の由那ですら、俺のことを嫌ってはいなかった。
「だから、自分のせいなんて言わないで? 私は……ゆーしが隣にいてくれるだけで本当に幸せ。ゆーしがここに帰ってきてくれただけで、毎日が楽しくて。だから……だから……っ!」
「……ありがとな、由那」
「えっ……?」
今にも泣き出しそうな由那の頭を、そっと撫でる。
素直に、嬉しかった。由那の本当の気持ちを聞けて。あの頃の真実を。そして、それからのことを。
────俺の由那に対する気持ちを、理解できて。
「憂太と話してくる。だから、由那はここで待っててくれ」
次は、俺が頑張る番だ。