寂しかった。離れたくなかった。
「じゃあ、勇士。由那ちゃんと憂太君にお別れ言ってきなさい」
「うん……」
小学五年生の夏。その日に至るまで、由那とは幼稚園に入る前から親ぐるみで仲のいい関係だった。
まさに幼なじみ。由那とは明らかに普通の友達以上の関係で、毎日一緒に遊んでは別れての繰り返し。学校の中でも登下校中もその後も、よくもまあ飽きないなと思うほどに遊び続けていたのを今でも覚えている。
でもそんな関係は、父親の仕事上の都合による転勤によって簡単に終わりを迎えた。
「ゆーし……行っちゃうんだね」
いつもはツンツンしている由那も、この日ばかりは寂しそうに。お別れを嫌がるその手は震えていて、ずっと俺の両手を握っていた。
小学生ながらに、泣きそうになった。勿論これが一生の別れというわけではないし、会いに来ようと思えばどうとでもなる。が、当時の俺からすれば隣に住んでいた幼なじみと県を跨いで離れてしまうというのは、永遠の別れにも等しい。
「またね、由那。憂太も元気にしてなよ」
「ゆーしにい……絶対、また絶対会いに来てよ!? 僕、待ってるから!!」
「私も……待ってる。絶対、戻ってきなさいよね。別に……寂しくなんかっ……ない、けど……っ!!」
「うん。絶対また戻ってくる。二人とも、元気で……」
それから俺は、泣きながら由那のお母さんに抱かれこちらに手を伸ばし続ける二人の姿を背に。家の車で懐かしの土地を離れた。
二人の前では気丈に振る舞っていたのに、車の中ではぐしゃぐしゃになるまで泣いて。新しい家に着く頃になっても止まらない涙を、お母さんに拭いてもらった。
本当に心の底から辛くて、胸に大きな穴が空いたような気分で。
それでも、新しい土地で俺は生きて行かなきゃいけなかった。
いつまでも由那のことに囚われて塞ぎ込んでいているわけにはいかない。新しい小学校で、新しい友達を作って。ただでさえ引っ越しの件で俺にかかった負担を気にしている両親のことを心配させないためにも。
(忘れ、なきゃ……)
これまで紡いできた思い出を頭の中から消すわけじゃない。ただ、これから新しい環境で前を向いていくために。いつまでも由那との楽しい日々に囚われているわけにはいかないから。
俺は、由那を忘れることにした。きっとこれから、由那との日々以上に楽しい日常は来ない。でも、そんな日々だったとしても楽しんでいけるように。
俺は由那との思い出を、頭の隅に閉まった。
我ながら酷い奴だ。俺のことを想い続けてくれた由那とは大違いだ。
そりゃあ、こんなことを考えてた奴がのうのうと帰ってきたら憂太だって怒るよな。
「俺、由那達と別れるのが本当に寂しくてさ。寂しすぎて……胸にポッカリと穴が空いたあの感覚が本当に怖くて。だから他の物で蓋をした。ずっと俺のことを考えてくれてた由那とは、違うんだ」
「ゆーし……」
「やっぱり、憂太が怒るのは最もだよ。そりゃアイツからしたら俺の存在は目障りだろうし」
「……違う。違うよ。やっぱりゆーしは悪くない」
「え……?」
由那が俺の瞳をじっと見つめる。
そこにはさっきまでの涙はなく、何か決意を固めたかのような。そんな表情を浮かべていて。
「これは、私のワガママが引き起こしたことなんだよ」
ハッキリとした口調で、そう。告げていた。