「裏切り、者……?」
「ちょ、憂太!? ゆーしに何言ってるの!!」
ま、まさか数年ぶりに再開した幼なじみの弟に第一声裏切り者って罵られるとは。俺、ここにいた頃何か嫌われるようなことしたっけ。むしろ懐かれてた記憶しかないんだけど。
何が何やらでフリーズする俺の腕を、憂太は強く掴む。
まだ小さいながらも立派な一人の男。力は昔よりも強くなっていた。
「お姉ちゃんを……僕らを捨てたくせに! 何今更帰ってきてるんだよ! 帰れ! 帰れよ!!」
「いい加減にしてよ憂太! あれは仕方なかったって何度も言ったでしょ!?」
「うるさい! 大体お姉ちゃんもおかしいんだ……こうやって受け入れて、仲良くしてる方がおかしいんだ!!」
部屋に憂太の叫び声が響き渡る。
そうか、コイツは俺が引っ越しておいてのうのうと帰ってきてしまったことを怒っていたのか。
俺がいない間、二人がどうしていたかは知らない。だが由那がしばらくの間落ち込んでしまって、そこを憂太に慰めてもらってたっていうのは聞いている。
そりゃあ憂太から見れば、俺は面白い存在ではないか。お姉ちゃんっこなコイツからしてみれば俺は裏切り者で、お姉ちゃんを泣かせた張本人。こうやって罵られても仕方ない。
が。こうやって好き勝手言われているのも、俺としては正直あまりいい気分ではない。憂太の気持ちも分かるけど、喧嘩はしたくないし。ここは穏便に────
「いい加減に、して!!!」
バチンッ。その瞬間、動いたのは俺でも憂太でもなく。
目に涙を浮かべた、由那だった。
小さな、か細い腕を振り切って。憂太の頬を全力でビンタする。やがて憂太も同じように涙を浮かべると、やるせない表情のままドタドタと足音を立てて隣の部屋へと入っていったのだった。
「ゆ、由那……?」
「ごめん、ゆーし。憂太のせいで嫌な思いさせちゃって……」
「あ、いや。別に俺は……」
ヒリヒリと痛むのか、由那は憂太を叩いた左手を摩る。
部屋に重い空気が漂っている。さっきまでの甘い雰囲気が嘘みたいだ。
「憂太、本当はいい子なんだよ? でも、ほら。私が落ち込んでた時期を知ってるから、ゆーしに対してだけは攻撃的になっちゃってて」
由那が本気で怒るところを、俺は初めて見た。
基本的に温和な性格で、いつも笑っている彼女だけど。怒る時はちゃんと怒るらしい。そして怒った原因が俺を悪く言われた事というのが、少し嬉しい。
「本当に、ごめんなさい」
「謝ることなんて無いって。憂太が怒る気持ちも、よく分かるからさ」
由那の頭をそっと撫でながら、俺はぽろぽろと涙を流すその身体を引き寄せる。
そう、由那は悪くない。憂太だって悪くない。
由那は俺がいなくなってもずっと寂しがって、会いたいと思ってくれていた。遠くの地に行ってもうしばらく会うことができないと分かっていても、写真を眺めながら俺を想い続けてくれた。
ズキリ、と胸の奥を抉られるような痛みが走る。
悪いのは俺だ。引っ越し自体は避けようも無いものだった。どうしようもなかった。小学生が一人暮らしなんてできるわけもないし、ここに残るという選択肢は存在しない。そこに関しては、きっと憂太だって幼いながらも重々理解しているだろう。
それでも俺がこうして胸に痛みを感じてしまうのは、きっと別れた後の幼なじみに対する気持のありようが、由那とは違ったから。
(だって、俺は……)
俺は、あの日。
────由那のことを、忘れようとしたのだから。