「ん、そこ……ぁ。すりすり、しないれ……」
「由那、ここめちゃくちゃ弱いよな。気持ちいいのか?」
「に、ぅっ。ひゃひんっ!? あぅあ……やめ、ほんとに、ダメ。変に、なっひゃぅから……」
妙に色っぽい声をあげているが、耳をさすっているだけである。
由那の耳たぶ、小さいけど柔らかくてとても触り心地がいい。緊張と羞恥心のせいか真っ赤になっていることで熱も篭っていて、まるでカイロみたいだ。
「十分、経ってる……よ?」
「じゃああと五分延長で」
初めは由那の抱擁からスタートしたものの、今では俺の胸の中で縮こまるばかりで。恥ずかしそうに顔を背けながら、丸まった背中をピクピクさせている。正直少し変な気分になりそうだ。
(由那の身体、熱。赤ちゃんかよ……)
抱きしめているとわかる、彼女の体温の高さ。いつもぽかぽかと湯たんぽのように暖かくて、抱き心地はまさに極上。
そして何より、反応が可愛い。ダメだな、俺。最近由那を可愛いと思う気持ちに歯止めが効かなくなりつつある。
(こういうのを、好きって言うのか……?)
前までは容姿に対する素直な感想と、幼なじみとしての繋がりやすさ。そんなところから可愛いとか、そういうのを思っていた気がするけど。
今ではもう普通に籠絡しかけている気がしてならない。というかもう手遅れな気さえする。
だってコイツ、可愛いし。見た目もさながら、性格も。いつも明るくて、甘えんぼで。寂しがりやで常に構ってもらおうとしてくるところとか、守りたいと思う。
別に、俺が由那を好きになったとてその気持ちを否定する必要とか我慢する必要とか、一切ないんだよな。まあただ唯一の懸念点として、あの由那と恋人……という姿だけはマジで想像できない。
「ね、ねぇ……ゆーし? そろそろ勉強、戻らないと……」
「……ん。そーだな」
「じゃあまた一時間後、ね?」
「おう」
それにしても人生、本当に何が起こるかよく分からないもんだ。
だってあの由那だ。いつも俺にツンツンしてたアイツが、久しぶりに会ったらこんなことになってて。気づけばここまで仲良くなってとうとう好きを意識し始めるところまで来ている。
こんなことを、高校入学初日の朝の俺が想像できたか。あの時はまだ再開できるのかすら分かっていなかったのに。
「由那……本当、変わったよな」「そ、そうかな。えへへ、可愛くなれてるかな?」
「ああ。だってほら、昔は……さ。由那、俺のことあんまり好きじゃなかっただろ?」
「……え?」
由那には今みたいに俺にべったりだった時期が、あるにはある。だがそれは幼稚園の時とか小学科入りたてとかの時の話で、俺の中でやっぱり印象が強いのは小学校高学年くらいから。
彼女とこれまでのように一緒に遊ぶことがちょっとずつ減り、態度も少し冷たくなった。少し荒々しくなってて、由那がこれまでのままでずっといてくれるわけではないんだと実感したっけ。
「ち、違うの! あの時、私は……っ!!」
バンッッッッッ!!!
由那が俺に向かって何かを言おうとした、その瞬間。背後の扉が大きな音を立てて凄い勢いで開いた。
びっくりして咄嗟に振り向くと、そこには小さな男の子が一人。
「なんで……なんでここにいるんだよ! この裏切り者!!!」
クリッとしていて目元がよく似ていたはずの由那の弟、憂太は。眉間にシワを寄せながら大声で、俺を糾弾していた。