「ん〜……三十分、経ったぁ!」
勉強開始から一時間。先ほどの約束から見ると三十分が経過した。
ちなみに勉強のほどはと言うと、意外に順調だ。俺が勉強を進めれないでいるとたまに由那がおちょくってくるもんだから、途中からは対抗心というか。そういう感じの心境で結構集中した時間を過ごせたと思う。
「じゃあ言ってた通り、ここから十分休憩だな」
「えへへ。じゃあゆーしさん、いただいても?」
「はいはい」
繋いでいた手を解き、向かい合う。じぃ、と由那からの視線を感じ取ると共に、その身体は瞬時に移動して。俺に真正面からハグしていた。
「すぅぅ……すんすん、すんすんっ」
ぽよん、と一番最初に柔らかいものが胸板に当たって押しつぶされると、そのまま腰回りに手を回されてグンと距離が近づく。小さな顔は俺の右肩に当てられ、ひくひくと鼻を動かしては匂いを嗅いでいるようだった。
由那は日頃から、よく俺の匂いを嗅いでくる。どういう匂いがするんだと聞いても「ゆーしの匂い」としか答えてくれないが、俺が由那の甘い匂いを嗅ぐと心が落ち着くように。由那も、俺の匂いに対して同じことを思ってくれているということだろう。
「ゆーしっ。ゆーしぃ。やっとぎゅっ、て出来た。もう離れたくないよぉ……」
「本当、お前昔よりも甘えんぼになったよな。昔はこんなにベタベタじゃなかっただろ」
「……ゆーしは甘えんぼな私、嫌い?」
「はぁ。嫌いならこうやって毎日一緒にいないっての」
むしろ、俺の方がこんな俺でいいのかと思うくらいだ。幼なじみというやつは友達を作る時みたいに選んでなれるものではなくて、言わば許嫁みたいに自動的というか。自然になってしまうものだ。
だから幼なじみ同士で仲が悪くても幼なじみは幼なじみだし、そこに当人たちの意思は一切関係ない。
でも由那と俺は、所謂″元幼なじみ″というやつだ。五年間も会わない期間が続けば、それはもう現役の幼なじみとしての効力を失っているに等しい。
だというのに、由那は自分の意思でもう一度俺に近づいてくれた。また昔みたいに……とは違うかもしれないけれど、こうして一緒にいてくれている。
まあ……やっぱり、嬉しいよな。
(さて、と。それはそれとして)
コイツ勉強中は散々手をにぎにぎして俺の気持ちを高めてくれたからな。一人だけハグを続けて気持ちを発散なんて、そうはいかない。俺も反撃させてもらうぞ。
「ふぇ!? ゆ、ゆーし!?」
「なんだよ」
「あ、ああああぅ……な、なんでゆーしまでぎゅっ、してるの?」
制服のニット越しに、ゆっくりと背中から手を回して由那の身体をさらに引き寄せる。
ピクッ、と小さく身体が跳ねると、すぐに耳が真っ赤になった。恥ずかしがっている証拠だ。
「俺だって抱きしめる権利あるだろ? 我慢してたし」
「我慢!? ゆ、ゆーしもその……私に、ハグしたかったの……?」
凄いテンパりようだな。
薄々気づいていたことだが、コイツは責めるのには慣れていても責められるのには慣れていない(慣れというより、好みかもしれないが)。
だからこうやって不意に責めるとテンパって、とても可愛い照れ顔を出す。こう、見ていると胸の奥がギュッと締め付けられるような、そんな顔だ。
「うぅ、あうぅ……」
由那の左肩に顔を近づけて、匂いを嗅ぐ。
やっぱり、甘い匂いだ。よくラブコメ漫画とかで「女の子からはいい匂いがする」みたいなのがあるが、実際には案外そうでもない。するとしても化粧品の匂いとか、そんなのばっかりなのがリアルだ。
でも由那は違う。これは作られたものではなく、由那の匂い。俺はこの匂いが、大好きだ。
「俺も充電、する」
「きゅぅ……」
さて、時間の許す限り堪能しようか。