「んっ……んっ……」
「……」
教材を広げ、シャーペンをくるくると回しながら。由那は、数学の問題集に取り組んでいる。
その隣では俺もまた同じように、日本史の暗記ノートを作成していた。
俺たち二人が隣同士で妙に距離が近いことを除けば、なんら違和感のない勉強ムード。が、確かに異常はあったのである。
(コイツ、手をッッ!!)
机の下。左利きの由那は右手を、右利きの俺は左手を。それぞれ空いている手を結びつけ作られた恋人繋ぎを、由那は定期的ににぎにぎと感触を確かめるようにして堪能している。
元々はこんなはずじゃなかったのに、最初は教科書を読むところからだった俺が座布団の上に手を置いていたら、不意をついて由那が手を繋いできたのである。それも、全ての指を絡めて絶対に離さない、恋人繋ぎで。
「なあ、由那?」
「なぁに?」
「右手。問題集押さえるのに使ったほうがいいんじゃないのか? その方が書き込みやすいだろ」
「ううん? 別に。今のままで大丈夫」
「……そ、そうか」
コイツ、なんでこんなことしておいて集中できるんだ。さっきからまあまあ問題解くスピード早いし。
まるで電池にでもされたみたいだ。手のにぎにぎで俺から集中力を吸い取り、自分の力へと変換しているかのような、そんな感覚。
(ドキドキとか、しないのか?)
由那はずっと、平常心のままだ。たまにお茶を口に含んだりスマホに目を通したりはするものの、勉強のペースもとても良い。実際こうして手を繋いで勉強を始めてから三十分ほどしか経過していないが、問題集は三、四ページほど進んでいるように見える。
ドキドキしているのは、俺だけなのだろうか。
「ね、ゆーし」
「な、なんだ!?」
急に話しかけられドキッとする俺の横顔に、どこか悶々としたような視線が刺さる。
そしてその言葉の意味は、すぐに理解できた。
「あ、あと三十分……あと三十分頑張ったら、ぎゅっ、て。して、いい……?」
平常心? 違う。コイツは我慢していたのだ。いつもみたいに抱きついたり、くっついたり。そういうのを我慢するために、必死で手を握るに留めていたのだ。
きっと勉強のペースが早かったのは、気を紛らわせるためにそっちに意識を裂いていたからか。なんとも分かりづらい。
でも、少し安心した。ドキドキしていたのは俺だけじゃなかった。由那も心の内では、俺のことを求めてくれていた。
「ぎゅっ、て。どれくらいするんだ?」
「……十分、くらい。正面からと後ろから、どっちからもぎゅっしてゆーしを感じたい。そしたらまた、お勉強頑張るから……」
「仕方、ないな。じゃああと三十分頑張るんだぞ」
「本当!? うん、頑張る!!」
ぱあぁ、と由那の顔が明るくなる。よっぽど嬉しかったのか、恋人繋ぎされたままの手を胸元まで上げると、「えへぇ」と両手で俺の手を包み込む。
「じゃあゆーしも、頑張らないとね? さっきからお勉強全然進んでないでしょ」
「むぐ……誰のせいだと」
「えへへ、私との恋人繋ぎにドキドキしてくれたの?」
「し、してない! 全然、してないけどな!!」
クソ、コイツ憎たらしい顔を。
あとでハグする時、覚えてやがれよ。