ドタドタと急いで階段を駆け上がる由那に引っ張られ、一つの扉の前に案内される。
「ゆなの部屋」とオコジョの模様があしらわれた小さな黒板に白いチョークで書かれたその扉の先は、紛れもなく由那の暮らしている空間だ。
「お、お母さんの言ってたことは気にしないでいいからね。ほら、入って?」
「そう……だな」
ガチャリ、と扉が開く。
────その先に広がっていたのは、未知であり既知の場所であった。
昔は対して本を読んでいなかった彼女の過去を思えば考えつかないような、しっかりとした本棚に並んだ漫画。白色とピンク色を中心とし、可愛いの中にもちゃんと「オシャレ」が絡んだレイアウト。
だが、ベッドの上には昔由那がずっと抱きしめていた、今はもう少し色褪せているクマのぬいぐるみ、勉強机の上には飾られた小さな頃の俺との写真。
「懐かしい物もチラホラあるんだな」
「え、えへへ。なんかちょっと恥ずかしいや……」
そして、部屋の中心には今日のために用意したのであろう小さな丸テーブルと座布団が二枚。少し狭い気もするけれど、案外スペース的には何とかなりそうだ。まあ俺が問題視していたのはそこではないけれど。
「お茶、取ってくるね? ゆーしは座って待ってて?」
「ん、分かった」
とてとてっ、と小走りで部屋から出ていった由那を背に、俺は改めて部屋を眺める。
そして一番気になっていた勉強机へと、足を進めた。
(俺との、写真……)
由那と撮った写真なんてもはや多すぎて、その写真がいつのものかは判断できないけれど。そこに映っている過去の二人は、公園の泥団子を手に服を汚したままでピースをしていた。
満面の笑顔で、最高の映りだ。もしかしたら俺も家を探したら同じのを持ってるかもな。
それにしても、こんなに昔の写真をこうしてちゃんと飾って大事にしていてくれたのはなんだかとても嬉しい。しかも、部屋の中でもとくによく見える場所に。
「……って、ちょっと小っ恥ずかしいな」
きっと俺の由那に対する気持ちが昔のままなら、ただの写真として見れただろうが。
今では幼なじみとしてさほど不思議ではないこんなことですら、少し身体が熱くなる。
やめよう、これ以上考えるのは。そう思い写真を元あった場所に戻すと、ふと。机の上に立てかけられたクリアファイルや教科書などの一番端に、気になる物を見つける。
背表紙に書かれた文字は「secret」。秘密、という言葉を意味する英語だ。由那の日記か何かだろうか。
手にとって、表表紙を見てみても。そこには同じ文字が。そして見た目はそんなに大きくないのに、いざ持ってみるとズッシリとした重みがある。ただの紙が入っているだけとは、到底思えない。
(気になる。いやでも、これを見るのは流石に……)
数秒の葛藤。明らかに由那が人に見せたいとは思っていない雰囲気のそれを、勝手に開いていいものか。
いや、開いちゃいけないこと自体は分かってる。けど胸の中の好奇心が中を見たいと言っている。
そんな無音の苦悩を繰り返していた、その時。
「ゆ、ゆゆゆゆーし!? それ、それっ!?」
おぼんにお茶の入ったコップを二個入れた由那が、声を震わせながら登場した。
そして瞬時にお茶をテーブルの上に置くと、俺から本を強奪する。
「み、見た!? 中身見ちゃったの!?」
「え? い、いや……見てないけど……」
「本当に!?」
「お、おう。本当……」
「よかったぁぁ……」
え、なんだよその反応。そんなにやばいものが書かれたり入ってたりするのか? それ。めちゃくちゃ気になるんだが。さっきまでより好奇心増してるんだが。
「なあ、それ何なんだ? 明らかに意味深な感じ出てるノートだけど。そんな風にされたら気になるぞ」
「ふえぇっ!? そ、それは、その……これだけは、本当にダメ! ゆーし相手でもダメなのっ!!」
むむ、あの由那がここまで。
というか本当に反応があからさますぎる。顔真っ赤にして、必死に背中に本回して。
「じゃあ見ないからさ。何が書かれてるのかだけ知りたい」
「……絶対、ダメ」
気になる。マジで気になる。
見られたら恥ずかしいものなのか。普段から恥ずかしい行動も平気でしてくる由那がここまで、ってのは結構よっぽどな物な気がしてくるな。
「頼む、このままじゃ勉強に集中できない! 絶対ふとした瞬間にあのノート何だったんだろうってなるから!! 俺のためだと思って、な!?」
「こ、こんな時だけゆーしのためとかいう言葉使うのズルいよ!? ダメなものはダメ! これはリビングに隠してくるから!!」
「あ、待てって!!」
目をグルグルと回しながら、由那は無理やり脱出を試みる。
まさか逃げるとまでは思っておらず、俺も反応が遅れた。このままではすぐに部屋の外へ持ち去られてしまう。そう、思ったのだが。
「い゛っ────!?」
慣れすぎた部屋だったということが災いだったのか。普段は無い丸テーブルの存在を忘れていた由那は、脚の指を激しく強打。
幸い、お茶はギリギリ溢れなかったものの。そのまま奇声をあげて、由那は蹲る。
「つ゛う゛ぅぅぅぅ!?!?」
そして脚の指を抑えるために、両手を使ってしまった。
急な衝撃に、手に持っていた物を落としたことすら身体が認識できなかったのだろう。それと共に、パサッ、と音を立てて落ちたシークレット本が、開いて落ちる。
「……えっ?」
「ふぎゅぅ……あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!?」
────そこに書かれていたのは。いや、貼られていたのは。見開き一ページにギッシリと敷き詰められた、計八枚の俺単体が写った写真であった。