「おっそいな、アイツら。もうあと一分で集合時間だってのに……」
「す、すみません!! 間に合いましたか!?」
「おー、神沢ぁ。ギリギリセーフだぞ全く。ほら、さっさとバス乗れぇ。お前らで最後だぞ〜」
「は、はい……っ」
ぜぇせぇと息切れを起こした身体に最後の力を込めて、バスの段差を登る。
ここまでたったの二百メートルほどしかないとはいえ、いくらなんでも″重り″を背負いながらの全力疾走はキツすぎた。
「あ、神沢君。随分遅かったね……って、何それ」
「あは〜。有美ちゃぁん、ただいま〜」
言えない。ハンモックで二人揃って何時間も爆睡した挙句、係員の人に無理やり起こされたなんて。
そのせいで遅刻ギリギリな時間になった上に由那が全く起きるそぶりを見せないから、おぶって走ってきたなんて。
起きた時は本当にビックリした。まず俺がガチ寝してしまっていただけでもヤバいのに、由那は朝まで絡ませて俺にぴっとりだし。その姿を係員さんに見られて気まずかった。
「やっと起きたのかお前。ほら、自分の席座れ」
「う〜ん……」
まだ半分寝ぼけているのか。ぼんやりとした薄目で受け答えもハッキリしない由那を席に座らせてから、俺もその横の窓際へと腰を下ろす。
(コイツ、人の苦労も知らないで……)
本当にいい気なものだ。まあ寝てしまったのは俺もだし、そこに関してはもうコイツ一人のせいにはできないが。まさかどれだけ揺すって声をかけても起きないとは思わないだろう。どれだけ眠りが深いんだか。
ようやく息も落ち着き、外を眺めていると。バスが動き出して、緑地公園から離れていく。
ここにいたのは数時間だったけれど、色々なことがあった。というか、色々な変化があった。由那とのこれからを考えるという意味で、とてもいい時間を過ごせたと思う。それに新しく三人も友達ができたしな。
「ゆ〜しっ。何寂しそうな顔してるの〜?」
「ああん? そんな顔してないっての。ただ楽しかったなってふけってただけだ」
「えへへ……うんっ。私も、とっても楽しかったよ。ゆーしとみんながいたおかげで!」
「そうか。ならよかったよ」
ことん、と俺の肩に頭を乗せながらそう告げる由那は、俺の横顔を無垢な瞳でじっと見つめる。
何なんだよ、と言おうとしたけれど、今振り向けばゼロ距離に顔が来るのを察して咄嗟に気づかないふりをすることに決めた。
「……」
五秒、十秒。窓の外の変わっていく景色を見続ける俺の頬に、熱い視線が当たり続ける。まさか何か企んでいるのか。ちょっと怖いぞ。
「……ゆーし。本当に、ありがと」
「えっ────」
その瞬間。頬に、暖かく柔らかい何かが触れる。
ふわりと甘い残り香が鼻腔をくすぐると共に思わず由那の方を向くと、彼女は耳を真っ赤にしながら。目線を逸らしていた。
(俺、今……)
まだ感触の残る頬に、そっと手を当てる。
俺はその感触を味わったことがないから、確証はない。けれど、その正体にはすぐに気づけた。
(頬にキス……されたのか?)
由那はいつまで経っても、俺の方を見ない。
恥ずかしいと顔に書いてあった。恥ずかしくて、俺の顔を見れないと。
ありがとう。その言葉が意味するのは何なのか。何故いきなり、キスなのか。
本当にコイツの行動は、いつも分からないことだらけだ。おかげで俺はドキドキさせられてばっかりだし、変に期待もしてしまう。
でも────
「ありがとうは、俺もだ。由那といられて……楽しかったよ」
「っっう!?!?」
あーあ、最悪だ。
俺まで恥ずかしくなってきた。由那の小さな悲鳴を聞いて、どんな顔してるのか拝んでやろうと思ったのに。
(見れないって。こんなんじゃ、俺も……)
頬が熱くなっていくのを自覚しながら、そっぽを向くような形で無理やり由那の視界から顔を隠す。
こうして、帰りのバスはお互い一言も喋ることができずに。気づけば学校に着くまで眠ってしまうという形で、校外学習は幕を閉じていった。
────俺の中の由那への気持ちと、由那から俺に向けられた気持ち。その二つが何なのかを知るという、これからの目標を胸に。