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第39話 仕返し

「ごめんって。揶揄いすぎたよ。ほら、白玉あげるから機嫌直して?」


「こ、子供扱いしてる!? あと別に怒ってない!!」


 ぷいっ、とそっぽを向いてやると、寛司は手を合わせながらも軽い謝罪で私に白玉の乗ったスプーンを差し出してくる。


 本当は白玉大好きなくせに。自分で食べたいの分かってるから早く食べろっての。


「もぉ、そんなぷりぷりしてたら可愛い顔が台無しだって。楽しく食べよう?」


「……なら写真、消してよ」


「それはちょっと」


「イラッ」


 コイツ、急に真顔になりやがって。どれだけ私の顔真っ赤にしてる写真が気に入ったんだ。


 と、寛司に写真を消させるのを諦めてため息を吐いたその時。彼は立ち上がって、座っていた椅子をこっちに持ってきて私の横に腰掛ける。


 急な行動にビックリして……というか、普通に人目があるから恥ずかしくて。やめて欲しかったのだけれど、寛司は私の目を見て言う。


「まあそう怒らず、な? 俺今日ここに有美が連れてきてくれたこと、本当に嬉しいんだ。有美と写真という形で残した思い出は、消したくない。少しでも多く残していたいんだよ。大好きな人の、可愛い姿だからさ」


「……う、うるさい。変なこと、言うな。そうやって言えば私が折れると思ってるんでしょ……?」


「うーん、折れるとかじゃなくてさ。普通に俺の気持ちを知っておいて欲しかっただけ。俺、本当に有美がいなきゃ生きていけないってくらいに好きだから。なんなら、今すぐここでその証拠を────」


「ああもう、いい!! うるさい分かったから!! ここ、寛司の家じゃないんだよ!? 人目だってあるから!!!」


「えー……。有美、いつもはなんやかんやで自分から求めてくるくせに」


「うっさい、マジでうっさい!! もうやめ、この話やめー!!!」


 寛司の奴。何をとんでもないこと言おうとしてるの。


 というか、話を無理やり逸らそうとして写真のことを許してしまった。くそぅ、やっぱりコイツ無駄にこういう悪知恵がある。負け続ける私も私だけどさ……。


 もう口喧嘩は諦めた私は、スプーンを手に取ってかき氷の端っこを掬う。


 シャリ、と小さな氷の弾ける音と共に、緑色の抹茶シロップがかかったそれを口へ運ぶ。


(あ、これ……美味しい……)


 甘い、けれどどこかほろ苦い。そんな抹茶の風味がよく効いたシロップに、ほんの少しだけ垂れていたあずきの甘味。


 流石有名店ということもあって、一口食べただけで頰がとろけそうになった。お祭りなんかで売ってるただのかき氷には戻れなくなってしまいそうだ。


「ね、俺にも食べさせてよ。その顔、めちゃくちゃ美味しかったんでしょ?」


「た、食べさせてって。自分で食べればいいでしょ?」


「そう硬いこと言わずに、さぁ。一口目は有美に食べさせてもらいたいんだって」


「……何よ、それ」


 あぁ、と口を開けて私がかき氷を流し込んでくるのを待つ寛司。


 間抜け面だ。ああ、どうしよう。凄く日頃の仕返しをしたくなってきた。


 そうだ、私いつもコイツにドキドキさせられたり冷や冷やさせられたりで、逆に優位に立ってから何かをして驚かせてやったことがない。


 仕返ししてやる。たまには寛司も、私がさせられてるみたいにドキドキさせてやるんだ。


「分かった。じゃ、目閉じてて」


「はぇ? なんれ目?」


「いいから。そしたら美味しいの食べさせてあげる」


「わ、わはっら」


 私の指示通り。寛司は自分がこれから何をされるのかも知らずに、目を瞑る。


(ふふ、ふふふ。私だって、やればできるんだから……っ!!)


 スプーンに、白玉を乗せる。周りのあずきや氷は全部のけて、ちょっと蜜のかかっただけの白玉。


 当然、タダでは渡さない。いつもは寛司の家でされてばっかりだけど、今日は私から。


「んっ……!」


「ん゛ぅ!?」


 白玉を、口に咥える。


 そしてそれと同時に。目を瞑って間抜け面で私を待つ寛司の口へとそれを移し、追撃するように。唇を、塞いだ。


 舌を入れるような激しいものじゃない。唇同士だけが触れ合う、そんな軽いキス。けれど白玉に付いていた甘い蜜がお互いの唇の間に垂れ落ち、寛司の口元から零れ落ちると。どこか官能的な雰囲気が立ち込めた。


「ぷ、ぁ……。ふんっ、ばーか。ただ食べさせてもらえるだけだと思った?」


「あ、ぅあ。有美……」


 やった。やってやった。普段キスで私の心を散々惑わせてくるコイツの唇を、とうとう私の方から奪ってやった。


 寛司は、顔を真っ赤にさせてフリーズしている。ついに私は、一泡吹かせてやったのだ。


「これ……ご褒美、だよ。まさか有美から口移しなんて……」


「へ?」


「ありがとう。その……流石の俺も恥ずかしかったけど、有美の俺への気持ち、凄い伝わった。嬉しい……」


「は、はあぁぁっ!?」


 あれ、ちょっと待って。


 よくよく考えてみればこれ……ただ寛司にサービスしただけでは? 私、空回ってコイツを喜ばせただけ!?


「有美。もう一回、しない? 次はその……舌、入れたりとか……」


「す、すすすするわけないでしょ!? 何言ってんの変態!! ああもう、なんでこうなるのぉぉぉぉお!!!!」


 結局、私の行為は寛司を喜ばせただけだった。


 それどころかむしろ私の方がキスの感触を何度も思い出すせいで変な気持ちになってしまい、最終的にダメージを負ったのは私の方。


(ああもう……なんで私、いつもこうなのぉ……)


 忘れようとすれば忘れようとするほど、寛司の柔らかい唇の感触が頭から離れない。


「じゃあ次は俺から有美に同じことしてもいい? ほら、これでおあいこ的な」


「ま、マジでやめて! というかもう、今のは忘れてよぉ!!」


 くそ、私の中の私がどんどん崩れていく。


 こんなのにたぶらかされてどうにかなるほど、女の子じゃなかったはずなのに。


 どうしてこう迫られてる間も胸のドキドキが止まらないのか。



 ムカつくくらい……好きだ。本当に、悔しいけれど。


「もういい! 本当もういいから!! 大人しくかき氷食べてて!!」


 初めの一口は、本当に美味しくて。ちょうどいい塩梅の甘さでとろけるほど最高の味だったのに。





 その後食べたかき氷のバランスは、ぐちゃぐちゃで。────馬鹿みたいに甘かった。

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