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第37話 チョロすぎる私

 私は、寛司を連れて目的地へと歩いていた。


 位置的にはバーベキューをした広場から徒歩五分。念の為道を間違えないようスマホのマップを片手に進んでいる。


「えっと……ここを右に、か」


「あ、待って有美。ちょっと止まってて」


「? 何?」


 右隣を歩いていた寛司が、いきなり私を呼び止めたかと思うと左隣へと移動する。


 何の真似だろう。コイツ平然とした顔で何かを企んでいるから怖い。


「車道側、俺が歩くから。有美はそっち」


「……はぁっ!? い、いらない気遣いするな!」


「え? 有美を守るためだし、俺にとってはめちゃくちゃ大事なことなんだけど」


「っう……!!」


 ああもう、こういうところだ。相変わらず簡単に私の調子を狂わせてくる。


 ムカつく。なんで私、こんなことでちょっとかっこいいとか思ってんだ。


「ね、有美。歩きスマホ危ないからやめた方がいいって。徒歩五分なんてそう遠くないし、迷ったりしないだ思うから」


「う、うるさいなぁ! 歩きスマホなんか日常的にしてるから今更だっての! 慣れてるし危なくなんか────おわっ!?」


「……ほら、やっぱりこうなる」


 寛司に言い返すのに夢中になっていた私は、咄嗟に出てきた小さな段差につまづく。


 身体がひゅっ、と飛んで、一瞬身体中を悪寒が走った。きっとこのまま転んでコンクリートで全身を強打することを察してしまったからだ。


 でも、そうはならなかった。まるで未来が分かっていたかのように手を引いた寛司の胸元に、私はすっぽりと収まる。


「あ、あぅ……うぅっ!!」


「大丈夫? ケガ、してない?」


「……違う、から。今のは歩きスマホが下手くそだったんじゃなくて、あんたに言い返すのに意識が向いてただけだから!!」


「はいはい。じゃあどこを向いていてもこけないようにしなきゃね」


「へっ? ────ちょっ!?」


「ほら、これで転ばないでしょ」


 私の背中を支えていた手を除けて、そっと私を立ち上がらせてから。言葉に続くようにして寛司は、私の左手を握った。


 力強く。男の子の大きな手で、私を安心させるかのように。


(か、寛司の手……あったかい────じゃない!)


 チョロいって。流石に手を握られただけでドキドキするとか私、チョロすぎるでしょ……。


 寛司とは付き合い始めてから同じクラスということもあり毎日顔を合わせるし、薫と放課後遊ぶ流れにならない日は毎回一緒に帰る。


 この高校の受験をして合格発表が終わった日に付き合い始めたから、もう一ヶ月は経ってる。なのにまだ、私はコイツの一挙手一投足全てに心臓を高鳴らせてしまう。


(どんだけ、好きなんだよぉ……くそぉっ……)


 付き合い始めた当初はこんなんじゃなかったのに。時間が経って、一緒にいる時間が増えるたびに寛司のことを深く知って。何度も何度も告白してきてしつこかったから付き合っただけだったのに、今では私までコイツのことを好きになってしまっている。


 私も、私自身のことが分からない。元々は男と付き合うなんてことそのものすら論外で、自分には恋愛なんて一生縁のないものだと思っていたのに。


「ゆ、指……絡めて、よ。私のこと、守るんでしょ……?」


「っ! やった、恋人繋ぎ! 有美からしたいって言ってくれたの、初めて!」


「うる、さいなぁ。いいから黙って歩け……」


 ぎゅっ、と力強く絡められた指を、握り返す。


 ああ、本当ダメだ。私、こんなことでめちゃくちゃ嬉しくなってる。……好きって、思っちゃってる。


 目的地まで、あと数分。近くていいじゃん、なんて思ってたのに。





 今は少しだけ……こうしていられる時間が短いことが、ちょっと残念だった。

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