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第35話 好き好きホルモン、増殖

 ゆーしの匂いが、鼻いっぱいに広がる。


 ゆーしの硬い男の子な腕の感触が、私の心臓を跳ね上がらせる。


 ゆーしから触ってくれたという喜びが、頭の中を駆け巡る。


「え、えぁ……? うえ?」


 お願いしたのは私だったけど、まさか本当にしてくれるとは思わなくて。全然構ってくれないから半ば無理強いするような形で。ムキになって言った言葉だったのに。


 返ってきたのはさっきまでのような動揺する声ややり過ぎた私への怒りではなく。ただひたすらの、熱い抱擁。


(ゆーしが、抱きしめてくれた……っ!?)


 男の子特有の強い力で、身体を引き寄せられる。


 上がっていく体温を自覚しながら、ゆーしの顔を見る。


 すると、少し赤くなっていた。ゆーしなりに私の期待に応えようと無理してくれているのだろうか。それとも……抱きしめたくなって、抱きしめたはいいものの。後から恥ずかしくなってしまったのだろうか。


 分からないけれど、とにかく嬉しい。ゆーしの方からこうしてぎゅっ、してくれるのは初めてのことだから。


(あ、どうしよ。しゅき……)


 トクン、トクン、と。自分の心臓の音が、頭の中で反響する。


 ゆーしの目を見ているのが恥ずかしくなって胸元に顔を埋めたはいいものの、次はゆーしの香りが私の鼻腔をくすぐって、頭の中を侵食してくる。


 ずるい。目の前にいるだけで好きが溢れてくる。かっこよくて可愛くて、いい匂いで優しい。


 頭の中のゆーし好き好きホルモンが増殖し、私はもう目の前にいる好きな人を堪能したいという思考しか残す事ができなかった。


「ゆーし。ゆーしぃ……」


「頭、もっと撫でるぞ」


「……うん」


 ゴツゴツしているのに、柔らかい。暖かくて優しい。そんな手のひらが私の頭を、少し乱暴にわしゃわしゃと撫でる。


 撫でられれば撫でられるほど、好きが飽和していくのを感じた。全力で身体をくっつけて抱きついても、まだゆーしを感じたくて堪らない。どれだけ摂取しても、ゆーし成分を欲する気持ちが延々と増え続ける。


(どーしよ。気を抜いたら、好きって言っちゃいそうだよぉ……)


 もう頭の中が「ゆーし大好き」とか「お嫁さんにして欲しい」とか「ずっと一緒にいて欲しい」とか。そんな言葉ばっかり。


 まだ、ゆーしに好きになってもらうための器官としては全然足りないのに。頭が無意識的に好きをぶつけようとしてる。


「由那、耳真っ赤だな」


「ふぇ!? や、やめ……すりすり、だめぇ……」


 あつあつになって敏感な耳たぶを、指のひらで優しく擦られる。


 普段なら絶対、こんなことして来ないのに。ヘタレでいくじなしなゆーしなら、抱きしめることすらしてくれないはずなのに。


(ずるい。しゅき。ずるいしゅきずるいしゅきずるいしゅきずるいしゅきしゅきしゅきしゅき……)


 ゆーしに触れられるたびに、身体がどんどん熱くなって止まらない。


 好きって言いたい。大好きだって。ずっと昔から、好きでしたって。これからもずっと隣にいて欲しいって。恋人になって、お嫁さんになって……一生、こうやって甘えさせて欲しいって。


(うぅ、だめ。まだだって……まだ、絶対言っちゃだめぇ……っ!)


 ゆーしの制服を掴む手のひらの力を強くして、無理やり口から出そうな言葉を押さえつける。


 まだだ。まだ、ゆーしをドキドキさせ切れてない。たまにドキドキしてくれているのは感じるけど、こんなのじゃな足りない。


 私漬けにして、私以外の女の子じゃ駄目だって思ってもらえるレベルまで、何度もアプローチする。私無しじゃ生きられないレベルになるまでドキドキさせ続けて、告白を成功させるんだもん。


「ゆー、しぃ」


「なんだ?」


 耳たぶすりすりを止めてくれたゆーしの、透き通った瞳を見ながら。私は必死に好きを隠して、言う。


「これからも……いっぱい、甘えてもいい? ゆーしにぴっとりな私でも……いい?」


「……そう、だな」


 ぽん。私の頭に、また手を置いて。次はわしゃわしゃじゃなくて、まるで猫を撫でるみたいに優しい手の使い方で。甘やかすようにして、ゆーしは答えた。




「それが、お前だもんな。俺もその……嫌じゃ、ないから。そのままでいいよ」

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