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第26話 ブラックジャック

 バス座席の前にある小さなテーブルパーツを開放し、俺達はドリンクを刺すスペースにチョッキーの入った袋をそれぞれ入れる。


 俺としては、正直普通にチョッキーを食べたかったのだが。由那がノリノリでトランプを取り出すもんだから止める気にもなれず。ズルズルと勝負の土壌に引き摺り出されてしまった。


「で、二人でトランプ勝負って何するんだ? 結構限られる気がするけど」


「ふっふっふ。それはね、ずばりブラックジャックだよ! 昔よくゆーしの部屋でやったでしょ!」


 ブラックジャック。トランプの定番な遊びで、主なルールとしては山札からカードを好きな枚数引き、どちらがより「21」にその数字の合計を近づけられるかというもの。


 一件運ゲーのように見えるが、そうでもない。例えば一枚目に十を引いたとして、二枚目には八を引いたとする。この場合現時点での合計数字は十八で、二十一まではあと三。合計数字が二十一を超えてしまうとその時点で脱落なため、ここで取れる選択肢は


1.十八でカードを引くのをストップし、相手が十八未満の数字、もしくは二十一を個ある数字を出すことを祈る

2.一、二、三のいずれかのカードを引けることを信じ、もう一枚山札を引く


 この二つである。つまり時には度胸が、時には臆病さが必要となるチキンレースなのだ。意外と奥は深い。


「分かった。あんまりブラックジャックで由那に負けた記憶も無いし、それでいいよ」


「あー、言ったにゃ!? ゆーしがいない間、私がどれだけブラックジャックの腕を磨いたのか……見せてやるぅ!!」


 この程度の煽りで頬を膨らませる奴が何を。と言いそうになるのを堪えながら、俺は渡された山札をシャッフルする。


 そしてそれを二人のテーブルの中央に置き、早速ゲームを開始した。


「賭ける本数は毎回一本でいいのか?」


「ううん。何本でも賭けていいけど、そのタイミングはカードの一枚目を引く前だけね。相手がその本数を受けたらスタートだよ!」


「ふむふむ。なるほど……」


 つまり自分の手札を見て強いから賭ける本数を増やす、的なことはできないわけか。


「んじゃ、俺は最初二本で」


「よぉし、乗った!」


 カードを捲る。


 一枚目の数字は、九。当然二枚目を捲り、次に出たのがまさかのQ。絵札は全て十と換算するため、この瞬間に十九の役物が完成である。


「俺はこれで終わりだな。次、由那いいぞ」


「むむむ……てやっ!」


 由那の引いたカードは、一、八、四。現時点では十三と当然勝負すれば負ける手札なので、更に一枚。


 が────


「ぐぬぬぬぬぬ!」


「K、か。合計二十三で脱落だな」


「ま、まだまだ! これからだよこれから!!」


 むんっ、と握り拳を作りながら気合を入れつつ、俺にチョッキー二本を差し出す由那。


 だが、その気合いはいとも簡単に無意味となる。


 何故って? 簡単な話だ。


「いや弱すぎだろ。十分持ってねえじゃねぇか」


「ぶぅ……チョッキー、全部取られたぁ……」


 八戦八敗。まさかの秒殺で由那が敗北し、持ちチョッキーを全部吐き出したからである。


 しかも最後の大勝負、六本賭けでは引く順番を変えて先に十七でブレーキを踏んでチキンになった瞬間、俺が二十一ぴったりを出して完封。何が強くなっただ。相変わらずの不遇ポンコツだな。


「さて、最後の六本を明け渡して貰おうか? 敗北者の由那さんよぉ」


「ゆ、ゆーしそんなにいっぱいチョッキー持ってるのに酷い! 人の心は無いの!?」


「賭けを始めたのはお前だぁ。負けた奴が賭けたものを失うのは当然だよなぁ?」


「くぎゅぅうぅ……っ!!」


 一本、二本、三本。名残惜しそうに、チョッキーを一本ずつ俺の持ちチョッキーが入った袋へ移動させていく。


 まあ正直、俺は四十本もいらないのだが。すぐに返してやるつもりとはいえ、せっかく勝負に勝ったのだ。意地悪の一つでもしてやりたくなる。


「さて、それで最後の一本だな。ほら、俺に寄越せ」


「……ヤダ」


「あぁん?」


「一本だけでいいから、食べたい……です」


 ぷるぷる、と震える手は、まるで根性の別れを拒むかのようにチョッキーを離そうとしない。


 全く、そんなに食べたいなら最初から賭けることねんてしなければいいものを。相変わらず、仕方のない奴だな。


 俺も意地悪しすぎたか。最後に少しだけチャンスでもあげるとしよう。


「分かった。じゃあ最後、もう一勝負だけ受けてやるよ。ブラックジャックでもなんでも、勝てそうなゲームでいいから。それで勝てたら、没収したチョッキー全部返してやってもいい」


「ほ、本当!?」


「二言はない。好きなゲームでかかってくればいいさ」


 どうせ返してやるんだ。なら一回くらい勝負に勝たせてやってからにしてやろう。


 そう思い提案したら、由那はむむむと頭を悩ませて必死に自分の勝てるゲームを模索していた。


 そしておよそ数十秒後。ピコン、と頭の上に電球が浮かんだかのように明るい顔になった由那が、俺に勝負を挑む。


「絶対に勝てる勝負、思いついちゃった♪」


「ほぉん? 絶対とは大きく出たな。何なのか、言ってみろ」


「チョッキーゲーム!! これで、奪われたチョッキーを全部取り返すよ!!!」


「……え?」





 口にされた衝撃の名に、俺は固まった。

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