「ただいま〜」
靴を脱ぎ、綺麗に一つ一つの靴が並べられた玄関で私はそれに合わせるように自分の靴を揃えて並べる。
今日もゆーしと一緒に帰ってきて、ついさっき別れたばかりだと言うのに。まだ手の中に微かな体温が残っている。ぎゅっ、と握り拳を開いてみるとやがて消えていったそれに、「ああ、私もう寂しくなってるんだ」と自覚した。
でも、いないものはいない。今からゆーしを追いかけるわけにもいかないし、この寂しさは別のもので無理やり埋め合わせよう。
「憂太〜? お姉ちゃんだぞ〜」
「聞こえてるよ。今勉強してるんだから大きな声出さないで」
「もぉ、相変わらず憂太は無愛想だなぁ。うりうり〜!」
「やめっ、やめてよ! 触るなァァ!!」
小さな頭の黒髪をわしゃわしゃしてやると、憂太はどこか恥ずかしそうにしながら私の手を払う。
彼の名は、江口憂太。私の実の弟で、今は中学一年生。小学校とは打って変わって「定期テスト」というものがあることを知って、真面目にお勉強中。
「憂太は可愛いねぇ。またお勉強してるの? お友達と遊びに行かないの?」
「と、友達は今日習い事なんだ。それに僕はもう子供じゃないからお勉強するんだっ!」
ふふっ、そういうところが子供っぽいんだっていうのに気づいていないところが最高に可愛い。それに、なんやかんやと言いながらも私が帰ってきて嬉しいくせに。照れ隠しばっかりして強く当たってくるところもお姉ちゃん的にはキュンと来るのだ。
「お姉ちゃんこそ、またアイツと会ってきたの? あんな″裏切り者″と……」
「コラ、憂太。ゆーしのこと悪く言わない!」
「いった! チョップされたぁ!!」
憂太は、どうやらゆーしのことを嫌っているらしい。昔はあんなに懐いてて、「ゆーしにぃ」っていつも遊んでもらってたのになぁ。
ゆーしを裏切り者と呼ぶのは、多分引っ越してどこかに行ってしまったから。まだ小さかった……小学二年生だった憂太はきっと、自分の前からいなくなってしまったゆーしのことを未だによく思っていないということなんだと思う。その呼び方をやめるように何度も言ったけど、ずっとやめてくれない。
「ふんっ、だ。裏切り者は裏切り者だもん。……なんで、お姉ちゃんは許せるのさ」
「許す許さないじゃないよ。お父さんの転勤が原因の引っ越しだったんだし、仕方のないことでしょ? ゆーしだって私達を置いていこうとしたんじゃないよ」
「でも、お姉ちゃんは……」
「もうしつこい! 憂太? 私そろそろ怒るよ?」
「……」
私が少し強く言うと、憂太はしょぼんとしながらもそっぽを向いて、黙り込んだ。
分かってる。別にこの子は、本当に心の底からゆーしが憎くて言ってるんじゃない。きっと……私のことを想って、言ってくれているのだ。
「ごめん、強く言いすぎちゃった。お姉ちゃんの冷蔵庫に置いてるプリン食べてもいいから許して? ね?」
「……別に、怒ってないもん」
「じゃあプリンいらない?」
「…………いる」
「素直でよろしい」
憂太は優しい子だ。きっと、ゆーしがいなくなってから塞ぎ込んでいたあの頃の私を知っているからこそ。そんな私の姿を見ていたからこそ、ゆーしにやるせない感情をぶつけたくなるのだろう。
でも、その必要はない。だって────
(ゆーしは、帰ってきてくれたもん)
私にとっては、ゆーしが……大好きな人が隣にいてくれる今この時間が、幸せだから。