教室に着いても、由那はなりふり構わずと言った感じだった。
いや、むしろ外にいた時よりも酷い。席に座る俺の横に椅子を持ってきて、腕に引っ付いては頬擦り。おかげさまで俺はまだ無事ぼっちである。
由那が俺から離れてくれたのは授業スタートの合図であるチャイムが鳴った時で、流石に起立礼の後は自分の席に戻っていた。たまに視線がチラチラとこちらを向いているのはもはや誤差だ。気にしないようにしよう。
「では、皆さん教科書は持ってきていますね。初回ですから、今日はゆっくり授業を進めていきます。徐々に慣らしてペースを早めていくので、皆さんしっかりとついてきてくださいね」
一限は数学。教科書とノートを開き、各設問を各々がまず五分ほど考えて解き、その後先生の解説とともに答え合わせをするというのが主な授業スタイルだ。
ようやく授業も始まり、少し由那と距離を置いて休めるかと思ったのも束の間。この授業形態には問題があった。
そう。五分間の問題を解く時間は、周りと協力してもいいのである。特に初回授業で先生が甘いということもあり、由那はキランと目を光らせると、すぐに椅子を俺の真横まで移動させた。
「やった♪ ゆーし、一緒に問題解こ?」
「お前なぁ。そんなこと言って、ちゃんと解く気あるのか?」
「むむ、失礼な。私だってちゃんと受験してここに入ってるんだよ? ゆーしと同じくらいの学力はあるもん」
そうは見えない行動ばかりだけどなぁ、と思いつつ、俺は教科書の問題に向き合う。
単項式の次数と係数を求める。言葉の意味はさっき先生から軽く説明があり教科書にも明記されているから、あとは解き方を見つつ、問題に同じような当てはめをすれば完了だ。
だが────
(スゥー……全っ然分からん)
根っからの文系脳な俺には、ちんぷんかんぷんであった。
「あれ? あれれれ? ゆーしさんおててが止まってますよぉ? ふっふっふ、あんなこと言っておいてまさか分かんないのかにゃぁ?」
「う、うるせぇな。そういうお前はどうなんだよ」
「よくぞ聞いてくれました! 見よ、この完璧な解答をっ!」
「……すまん、合ってるのか判断がつかん」
「おっふ」
自信満々な様子でノートを見せてきたのはいいが、俺はそもそも問題の答えがさっぱり検討もついていない状態だから、それが合っているのかも当然分からない。しかしこの様子だと、合っている可能性は高いのだろうか。
「そういえばゆーし、受験の時点数何点だったの? 確か五教科計五百点満点で、うちの学校の合格最低点って三百点だったよね」
「へ!? お、俺はその……あれだよ。三百二十、くらい……?」
嘘である。俺の当日点は三百八点。ギリギリ合格だ。
見栄を張ってしまったが、ここで由那より下というのはなんか納得がいかない。男の意地だ。
「ほぇ? 私三百五十点あったけど。あれれ? もしかしてゆーし……」
「ヤメロ、ヤメロォォ!! それ以上言うな!!!」
「むふふっ。これは家庭教師由那ちゃんがお仕事に向かう日も近いかもですなぁ」
「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬ……」
コイツ、まさかの頭良いキャラだったのか。絶対俺の方がマシだと思ってたのに。なんかこう……心を深く抉られた気分だ。
「さて皆さん、そろそろできましたかね。答え合わせしていきますよ〜」
周りと喋れる時間が終わり、由那は自分の席へと戻っていく。
ふと、先生の解説を聞きながらそちらの方を向くと。「ニチャァ」と憎たらしい顔を向けてくる由那がいた。
……ちゃんと勉強しよ。