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第11話 登校デート

 ピンポーン。インターホンが鳴る。


 朝八時十分。ちょうどいい時間だ。


「ゆーしっ!」


「うぉっ!? あ、朝から元気だな」


「えへへぇ。だってゆーしとひっつけるもんっ」


 あくび混じりに制服へと着替え、扉を開けると、いつも通り……というか、昨日通りの由那が待ち伏せていた。


 ぎゅぅっ、と正面から抱きついてくると、俺の背中に腕を回して離れてくれない。これでは歩くことすら困難だ。


 幸せな悩みだと自覚しつつも、俺は由那を引き剥がそうと────


「頭撫でてくれたら、離れるかも……」


 して、先手を取られた。


 むすっ、と不満顔をして見せた由那は、ジト目で俺を見つめる。まるで交換条件だと言わんばかりに。「仕方ないから、頭を撫でてくれるならギリギリ離れてあげなくもないよ」みたいな感じで。


 かなり理不尽で一方的な交換条件だが、可愛いから別にいいかと思った。なんやかんやで少し彼女に対して甘くなってきている自分が怖い。


「よしよし、分かったから。ほら、これでいいか?」


「うにゃぁ、ゆーしのなでなでだぁ。もっとしてぇ……」


「はいはい。早く満足してくれぇ」


「あぅ、もうちょっと。もうちょっとだけ……」


 結局、その後五分くらい頭をなでなでさせられて。少し腕が疲れてきたところで、ようやく由那は俺の背に回した腕を離してくれた。


 充電百パーセント。俺の手から何か特別なパワーでも貰ったかのように、由那は健康的な笑顔を浮かべる。ご満足いただけたようで何よりだ。


「って、そろそろ行かなきゃ遅刻だ。ほら、行くぞ」


「はぁい。ゆーし、んっ」


「んっ?」


「んっ!」


 カチャカチャと音を立てて家の鍵を閉め終えると、振り向いた先で由那は俺に右手を差し出していた。


 クイクイ動く指先は何かを握るような動作を繰り返し、俺に要求を続けている。


「なんだよ?」


「……手、繋いでくれないの? 昔みたいに」


「はぁっ!?」


 手を繋ぐ? それはつまり、あれか。俺と由那が仲良く手繋ぎしてみんなに見られながら学校に向かうって、そういうことか?


 もう既にさっきの頭なでなでを何人かに見られはしたけども。流石に学校まで手を繋ぎ続けるとなればもうほとんどの生徒にその姿を見られ、噂され、揶揄われる(俺の場合はそれどころか殺される可能性も)のが確定するわけだ。


 由那に甘くなってきているとは言ったし、可愛いから別にいいとも思ってたけども。いくら何でもそれは恥ずかしいが過ぎる。俺の豆腐メンタルじゃ耐えられないぞ。


「あのなぁ。俺たちもう子供じゃないんだぞ? 普通に恥ずかしいし、そういうのは────」


「私はゆーしとなら、恥ずかしくないよ?」


「……」


 だぁもう! そういうところなんだよ!!


 なんだコイツ羞恥心はどこに置き忘れてきた!? てかそんなきょとんとした顔で見てくるな!! いちいち可愛いんだよ!!!


「だ、ダメなものはダメだ。高校生にもなって、手繋ぎなんて……」


「むぅ。じゃあもういいっ。……知らないから」


「えっ────」


 刹那。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐったその瞬間、俺の左腕にまとわりついたその可愛い生物は。ぎゅぅ、と強い力で身体を密着させながら俺を見ると、ニヤリとしてやったら顔で言った。


「手を繋ぐだけで、許してあげようと思ってたのに。ゆーしがその気なら、こうやってハグしたまま学校行くもん……」


「やめ、バカっ! 本気で剥がすぞ!?」


「やってみなよ。……根性なしのくせに」


「ああん!?」


 やってやろうじゃねえか。


 俺は由那の肩を、右手で強く掴む。一瞬彼女の顔が歪んだのも無視して、強引に。そのまま、無理やり力で押し切ろうと……


「痛い。ゆーし……痛いよぉ……やめ、て……」


「っ……!!」


 押し、切れなかった。


 由那の「やめて」という声を聞いた瞬間、身体から力が抜けて。本当に悲しそうな顔をするもんだから、罪悪感で胸がいっぱいになった。


「にししっ。ほら、やっぱりできない」


「お前、卑怯だぞ……」


「ふふんっ。じゃあ私と手、繋いでくれる?」


「……もう、好きにしてくれ」


「えへへ」


 小さな彼女の手のひらが、俺の左手をそっと包む。


 暖かかった。そしてムカつくけど、やっぱり可愛かった。


(コイツ、可愛いだけじゃなくて強い。このままじゃ、マジで色々と駄目にされる……)

(やった。ゆーしと手を繋いで登校デートっ。夢、一つ叶っちゃったよぉ!)





 可愛いは最強。可愛いは正義。古からある言い文句の有用性の強さを、俺はこの時。強く実感させられた。

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