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第4話 向けられた殺意

『ちょっとゆーし! そのプリント貸しなさい!』


『えぇ? ちょ、ゆな!? 何し────』


『こんなもの、こうしてこうしてこうよっ!!』


 ビリビリビリッ。プリントが、見事に音を立てて破れ去っていく。


 何をされたのか訳がわからないまま、頭の上にはてなマークを浮かべていると。由那は、二人のくっついた机の真ん中に自分のプリントを置いた。


『私のがあれば充分でしょ! 仕方ないから真ん中に置いてあげるわよ!!』


「ねぇねぇゆーしっ。プリント一緒に見たいから机くっつけてもいーい?」


「……」


 変わったなぁ。俺は心の中で呟いた。


 今思えば、昔俺のプリントを事あるごとにビリビリにしていたのは一緒にプリントを見たかったからだったのだろうか。それにしても無茶苦茶だったけれど。


 だが今は、一人一人の席がくっついておらず離れているこの状態ですら、二枚あるプリントを二人で見るためだけに机をくっつけようとしてくる。どれだけ引っ付いていたいんだ。


「ダメに決まってるだろ。先生に怒られるぞ?」


「ぶぅ……。ゆーしのケチ」


 ぷくっ、とフグのように由那の頬が膨らむ。


 どうやらかなり不満らしいが、こればっかりは仕方がないだろう。朝のホームルームで今、担任の先生が自己紹介をしてくれているのだ。そんな中机をくっつけて喋るなんて失礼だ。


「ふんっ。こうなったら休み時間で一気に充電するもん。いっぱい抱きついてたっくさん甘えるもん……」


 なんというか、雰囲気が甘々になっただけじゃなく、兼ね備えていた凶暴さもどこかに落としてきているらしい。今の彼女には、俺に甘えることしか頭にないようだ。


 俺としてはやぶさかではないものの……やはり、節度は弁えてほしい。授業中にまで引っ付かれ出したら先生にも目をつけられてしまうしな。


「えー、君達の担任を務めさせてもらう。湯原奈美だ。よろしく頼む。では早速ではあるが、自己紹介の時間を設けようか。既に知った仲の人もいると思うが、出来る限り全員仲の良いクラスを作りたい。そのために、まずは少しずつでもいいから全員お互いの名前を覚えられるようになろう」


 湯原先生の掛け声で、出席番号一番から。一人ずつ、自己紹介として名前と所属予定の部活、クラスのみんなに一言を言っていく。


 前五人が終わると、次は番号六番。由那の番だ。


「えっと……江口由那、です。部活に所属する予定は無いです。……よろしく、お願いします」


 パチパチパチ。拍手があがる。


 それと同時に、クラスの端では複数の男子生徒が、由那のことを絶賛していた。


 可愛い、可愛い、とにかく可愛い、と。だが当の本人はそんなことを全く気にする様子もなく、着席するとぐでんっ、と溶けて。緊張の糸がほぐれたように、俺の方をじっと見つめている。


「疲れた。ゆーしにぎゅっ、したい……」


「まだ言ってるのか。ダメなもんはダメだって」


「ぶぅぅぅぅぅ!」


 そして、やがて訪れた俺の番も特になんら変なところはなく普通に終わって。クラス四十人、全員が自己紹介を終えると一日目の授業は無いのでそのまま下校となった。


 教室にはまだ残っている奴、これから遊びに行こうとか言ってる奴、部活の見学に胸を膨らませている奴。様々だった。というか俺もそのうちの一人になる予定だったのだが。


「ゆーしっ! ぎゅー!!」


「や、め、ろっ!! 離れろぉぉぉ!!!」


 終わりのチャイムと共に飛び込んできた由那に抱き付かれ、離してもらえなかった。


 おかげさまで俺の平穏な生活はこのクラスの中でもぶち壊れ、教室内がざわついている。ああ、俺もみんなと部活見学とかしたかったなぁ……。


「ねぇねぇゆーし! 一緒に帰ろ?」


「いや、あのな。この後部活の見学とかあるんだぞ? 俺、一応何かには入ろうと思ってるんだけど……」


「部活なんかより私と遊んだ方が楽しいよぉ! ね、イチャイチャしよ? 一緒に帰りながら寄り道の旅しようよぉっ!!」


 ああもう、良い匂いっ! 女の子の甘い匂いがするっ!! あとその押し付けは無意識なのか!? もにゅんもにゅんって形変えながら凄いグイグイ来る!!


 駄々をこねる由那を宥めながら、なんとか部活見学に顔を出そうとしたのだが。気づけば教室内ではグループ的なものが出来ていて、既に入り込む余地はなかった。


 それどころか


「オイオイ。アイツ、この教室に咲いた一輪の花に抱き付かれてるぞ。どうする? 処す? 処すよな? 処さなきゃな?」


「hahaha。田中君はバカだなぁ。こーいう時はね、埋めるのが一番早いんだよぉ〜。てれててっててー! どこでもスコップ〜♪」


 なんだか怖いコミュニティが出来上がっていた。某青ダヌキもびっくりな結託っぷりである。


「ゆーしの太ももの上、落ち着くよぉ。ずっとこうしてたいなぁ……」


 クソッ、コイツ! 俺の気も知らないで……あ、ちょっと待って。あんまり柔らかいお肉を摩りつけるな。男子高校生はケダモノなんだぞ?


「ゆ、ゆゆゆ由那さんっ? ほら、お前も友達とか作ってきたらどうだ? 俺も俺でほら、な? 新しい友達欲しいし……」


「……ゆーし、私を捨てるの?」


「あんな可愛い子を捨てる奴はギィィイルティィイだぁぁ!! お前ら、ぶっ殺せェェェェェェ!!!!」




 最悪だ。とうとう、入学初日でクラスメイトに殺害対象として見られてしまった。もう、終わりだ……。

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