別館の、食堂のカーテンを新調することになった。
聖女となって五年。そろそろくたびれて来たのだ。
食堂に隣接する、厨房の主がサルドなのだから、ということで。
エシュニーは当初、彼にカーテン選びを依頼した。しかし
「この別館の主はお嬢様ですから」
そうやんわりと押し付け──否、選定の権利を譲られたため、彼女はトーリスと共に家具屋に来ていた。
当初は安く上げるため、手作りを念頭に置いて手芸用品店を見て回っていた。
しかし、やはり布地の薄さが気になったため、既製品を買うことに決めたのだ。
「トーリスはどんなカーテンがいいですか?」
「カーテンとは必要なものなのか?」
「そこからか!」
そもそも論をふっかけられ、エシュニーは額に手を当てる。
しばしうなった末に、トーリスを諭すように言った。
「カーテンがないと、全て丸見えになってしまいますね。それに、夏場は強い日差しを遮ってくれて、冬場は冷気が入り込むのを防いでくれますよ」
エシュニーの言葉に、感心したようにうなずくトーリス。そして、キラキラした深紅の目を、カーテンの一団へ向けた。
「布一枚だが、とても重要なのか」
「ええ。たった一枚で、ずいぶんと変わるものですよ。もちろん、部屋の雰囲気もね」
そう笑いかけて、花柄の淡いピンクのカーテンへ手を伸ばすエシュニー。
トーリスも彼女にならって、白い雲が描かれた空色のカーテンへ手を伸ばす。
(また青色だ)
その事実に気付き、エシュニーは再び笑った。
「トーリスは、青色が好きなのですね」
次いで、以前から気になっていたことを口にする。
トーリスの端正な顔が彼女へ向けられる。そして、まばたきが数回。
「そうなのか」
「え、無自覚だったのですか?」
「あまり、考えたことがなかった」
つぶやき、足元を見つめる。そのまま彼は続けた。
「しかし、青いものを沢山持っている気がする」
(マグカップに始まって、ノートに便せんに、最近はパジャマも青系統だもんね。そりゃそうだろう)
「やはり、親近感を覚えるのですか?」
エシュニーがうつむきがちの顔をのぞき込むと、少し困ったように眉根が寄せられていた。母性本能をくすぐる表情である。
つい、エシュニーは彼の頭を撫でた。
されるがまま、トーリスはぽつりぽつり。
「分からないが、見ていると懐かしい気持ちになる」
「そりゃあ、毎日鏡を見れば青色がありますしね」
「そう言えばそうだった」
一つにくくった、己の長髪の毛先に触れるトーリス。
「ではこの懐かしい気持ちは、母体回帰だろうか」
が、続く言葉が意味不明である。
しかし小難しい言葉と、情けない表情の対比が面白く、エシュニーはコロコロと笑う。
「また難しい言葉を覚えましたね」
「昨夜読んだ本に書いてあった」
なんだかんだで、未だに書庫通いを続けている彼の頬も、エシュニーは指先で一つ撫でた。
「母体回帰というよりも、同族意識かもしれませんね。私も紫の小物を、ついつい集めてしまいますし」
彼女のアメジストのような瞳を見つめ、納得した様子でうなずくトーリス。
「なるほど。では、カーテンは紫にしよう」
カーテンの群れの中から、スミレ柄のカーテンを引っこ抜くトーリスへ、エシュニーは小首をかしげる。
「あら、青でもいいのですよ?」
「紫がいい。エシュニーの仲間だ」
きっぱり言い切る彼は、少し得意げでもあった。