クルルル……と、可愛らしい音がした。
廊下を歩きながら、トーリスは音の出所を探る。
キョロキョロと辺りを見回し、行きついたのはエシュニーだった。
「エシュニーから奇妙な音がした、気がする」
「誰が奇妙だ。お腹の音ですよ」
別館へ戻る道すがら、エシュニーはやや照れ臭そうに、腹部を押さえて答える。
傍らのギャランも、つられるようにして己の腹を撫でた。
「今日は忙しかったからな。俺もペコペコだよ」
珍しく一切茶化さず、ギャランは天井を仰ぎ見た。本当に空腹らしい。横顔が憂いを秘めている。
しかし彼の言う通り。
聖堂へ通じる廊下の修繕が終わってから、初めての週末ということもあって、今日は激務だった。
普段よりも参加者が多く、談話の時間も普段の倍設けたほどだ。
その巻き返しを図るべく、工房での作業も多忙を極めた。エシュニーの護衛であり、工房作業の手伝いが常態化しているギャランたちも無論、大忙しだったのだ。
「言われてみれば、燃料が不足している」
トーリスも空腹らしき感覚に、ようやく至ったらしい。あちこち撫でながら、うん、と一つうなずいている。
「トーリスにも頑張ってもらいましたからね。夕飯は何でしょうか」
廊下を抜け、裏庭を進みながらエシュニーは上をむく。そしてクン、と形のよい鼻を動かした。
別館から、かすかに夕食の香りが漂っているのだ。
ギャランもそれにならう。
「肉の焼ける匂いがするな。ステーキかな」
「あら、いいですね」
「僕も肉は好きだ」
ギャランの推測に、エシュニーとトーリスが色めき立つ。
しかし美味しそうな香りが、また引き金になったらしい。クルゥ……と、今度はいよいよ切なげに、エシュニーの胃袋が鳴き声を上げた。
うっすら頬を赤らめ、彼女は再度腹を撫でる。
「やだなあ、もう……」
「また鳴った。音が不思議だ」
そう言うが早いか、トーリスはエシュニーの前にしゃがみこんで、彼女の腹部に耳を当てた。
「何をしているのです!」
「音を聞いている」
彼の返答に、ギャランが噴き出す。
「相変わらず、お前は見てて飽きねぇな!」
エシュニーは真っ赤な顔で怒鳴った。
「聞くな! びっくりして胃も止まっただろ!」
彼女が言った通り、トーリスが密着した途端、胃袋は収縮運動をぴたりと止めてしまった。
そんな三人の、騒がしい会話が聞こえたのか。
別館の扉が開き、モリーが顔をのぞかせた。
赤い怒り顔のエシュニーと、彼女のお腹に耳を当てるトーリス、そして涙目で笑うギャランの視線が、一斉に彼女へ向かった。
三人の視線を順々に受け止めて、モリーはぽつり。
「ひょっとして……ご懐妊ですか?」
「おう。三ヶ月だってよ」
「嘘を教えるな!」
いけしゃあしゃあと言ってのけるギャランの脇腹を、エシュニーがグーで殴る。
「いでっ」
「トーリスが覚えたらどうするんですか!」
こぶしを振り回し、エシュニーは吠えた。
「……教育上、暴力もよろしくないんじゃないか? お嬢?」
脇腹をさすって、ギャランがうめく。
しかし彼女の危惧通り。
翌日トーリスが神官長に
「エシュニーが懐妊したらしい」
と報告したため、神官長は卒倒する羽目になるのであった。