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おまけ2:腹の音

 クルルル……と、可愛らしい音がした。

 廊下を歩きながら、トーリスは音の出所を探る。

 キョロキョロと辺りを見回し、行きついたのはエシュニーだった。


「エシュニーから奇妙な音がした、気がする」

「誰が奇妙だ。お腹の音ですよ」

 別館へ戻る道すがら、エシュニーはやや照れ臭そうに、腹部を押さえて答える。

 傍らのギャランも、つられるようにして己の腹を撫でた。

「今日は忙しかったからな。俺もペコペコだよ」

 珍しく一切茶化さず、ギャランは天井を仰ぎ見た。本当に空腹らしい。横顔が憂いを秘めている。


 しかし彼の言う通り。

 聖堂へ通じる廊下の修繕が終わってから、初めての週末ということもあって、今日は激務だった。

 普段よりも参加者が多く、談話の時間も普段の倍設けたほどだ。

 その巻き返しを図るべく、工房での作業も多忙を極めた。エシュニーの護衛であり、工房作業の手伝いが常態化しているギャランたちも無論、大忙しだったのだ。

「言われてみれば、燃料が不足している」

 トーリスも空腹らしき感覚に、ようやく至ったらしい。あちこち撫でながら、うん、と一つうなずいている。


「トーリスにも頑張ってもらいましたからね。夕飯は何でしょうか」

 廊下を抜け、裏庭を進みながらエシュニーは上をむく。そしてクン、と形のよい鼻を動かした。

 別館から、かすかに夕食の香りが漂っているのだ。

 ギャランもそれにならう。

「肉の焼ける匂いがするな。ステーキかな」

「あら、いいですね」

「僕も肉は好きだ」

 ギャランの推測に、エシュニーとトーリスが色めき立つ。


 しかし美味しそうな香りが、また引き金になったらしい。クルゥ……と、今度はいよいよ切なげに、エシュニーの胃袋が鳴き声を上げた。

 うっすら頬を赤らめ、彼女は再度腹を撫でる。

「やだなあ、もう……」

「また鳴った。音が不思議だ」

 そう言うが早いか、トーリスはエシュニーの前にしゃがみこんで、彼女の腹部に耳を当てた。


「何をしているのです!」

「音を聞いている」

 彼の返答に、ギャランが噴き出す。

「相変わらず、お前は見てて飽きねぇな!」

 エシュニーは真っ赤な顔で怒鳴った。

「聞くな! びっくりして胃も止まっただろ!」

 彼女が言った通り、トーリスが密着した途端、胃袋は収縮運動をぴたりと止めてしまった。


 そんな三人の、騒がしい会話が聞こえたのか。

 別館の扉が開き、モリーが顔をのぞかせた。

 赤い怒り顔のエシュニーと、彼女のお腹に耳を当てるトーリス、そして涙目で笑うギャランの視線が、一斉に彼女へ向かった。


 三人の視線を順々に受け止めて、モリーはぽつり。

「ひょっとして……ご懐妊ですか?」

「おう。三ヶ月だってよ」

「嘘を教えるな!」

 いけしゃあしゃあと言ってのけるギャランの脇腹を、エシュニーがグーで殴る。


「いでっ」

「トーリスが覚えたらどうするんですか!」

 こぶしを振り回し、エシュニーは吠えた。

「……教育上、暴力もよろしくないんじゃないか? お嬢?」

 脇腹をさすって、ギャランがうめく。


 しかし彼女の危惧通り。

 翌日トーリスが神官長に

「エシュニーが懐妊したらしい」

と報告したため、神官長は卒倒する羽目になるのであった。

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