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33:魔剣の欲しいもの

 修理を終えたトーリスたちのもとへ、アリバスが姿を見せた。

 彼は技師と二言三言交わし、退出させる。そして浴室に入り、ライエスにも退出を促した。

「少し、トーリスと二人だけで話したいのだ。いいかな?」

「もちろんです、司令官」

 そうは言うものの、顔は全く「もちろん」ではないライエスだったが、司令官にはさすがに逆らうこともなく。

 オレンジ頭をひるがえし、背中で「嫌々なのです……」と語りながら出て行った。


 タイル張りの床に、半裸の状態で座っているトーリスの前にドッカリ、とアリバスも腰を下ろした。床にあぐらをかく。

「トーリス。傷の具合はどうだった?」

「問題なく処置を終えた」

「そうか」

 淡々と答える元教え子に、アリバスは苦笑。

 修繕のため再度切開した、人工皮膚に巻かれた包帯を外さぬよう、トーリスは注意しながら上衣を羽織った。

 相変わらずのトーリスから視線を落とし、アリバスは自分の足先を見る。


「トーリス、お前にも迷惑をかけたな」

「僕よりエシュニーが大変だった」

「ああ、聞き及んでいる。先ほど謝罪したよ。『ライエスの教育をしっかりしろ』と、もっともなご神託をたまわったところだ」

 そう言って、いっそ快活に笑う元教官をトーリスは見た。

「エシュニーらしい」

「そうか。お前もそう思うか」

 アリバスの笑みが深くなる。

「お前はエシュニー殿と、強固な絆を築いているんだな。安心したよ」

 落とされていた、アリバスの視線が持ち上がる。


「近々、詫びの品をこちらに贈りたいと考えている。何か欲しいものはあるか?」

 欲しいもの。

 手紙の返事ぐらいしか思い浮かばず、トーリスは無表情に思案する。

 そもそも彼の好きなものと言えば、甘味とエシュニーぐらいしかないのだ。

 しばらく黙考した末、彼は形のよい唇を開いた。

「司令官。僕の髪や目を変えることは可能になった?」

「うん? ああ、そうだな。貴族院でも許可されたよ」

 最初に会った時、エシュニーが指摘したことを思い出したのだ。


 アリバスが身を乗り出す。

「なんだ、髪色を変えたいのか?」

「少し、違う」

 トーリスは首を振る。

「変えたいのは、中」

「中?」

 怪訝な顔が返された。それに構わず、無感動に彼は続ける。


「体を、変えたい。中もエシュニーと同じように、老いたい」

 魔剣の外見は、老いる。周囲と溶け込めるよう、相応の年齢を重ねて見えるように設計されている。だが機械の体そのものに、老いなどという機能は備わっていない。

 トーリスが望んだ「詫びの品」は、真実人と同じように老いる体だった。


 しかしアリバスの反応は、苦いものだった。

「すまないがトーリス、魔剣の体に老化機能はない。そもそも、老朽化が見つかればメンテナンスの対象になる」

「そうか……」

 無感動な声に、落胆の色が載せられる。

 彼は人生で一番と言っていいほど、がっかりしていた。


 落ち込むトーリスの姿に、アリバスが腕を組んでうなる。

「しかし、こうは考えられないか? お前がいつまでも強くあれば、その間、今と同じようにエシュニー殿を守り続けることができる」

 へこたれていた表情に、一筋の光が差し込む。深紅の瞳も、活力を取り戻した。

「エシュニーを、ずっと守れる?」

「ああ。そう考えれば老いない体も、そう悪いものではないだろう?」


 トーリスは老いを重ねられることで、エシュニーと共にあろうとした。

 しかし老いを重ねないことでも、彼女のそばにいられるのであれば。

 機械の体も、たしかに悪いものではない。メンテナンスは、正直言えば少し面倒ではあるけれど。


「分かった。ありがとう、司令官」

 トーリスはすっかり流ちょうになった、礼の言葉をするりと口にした。自然な行為だった。

 しかしアリバスは、愕然としたように固まる。

 その異変にむしろ、トーリスがギョッとした。

「司令官、どうした?」

「あ、いや、すまない……まさか、お前からそんな言葉が出るとは、想像していなかったんだ」


 口元を撫で、彼は苦笑する。

「なにせ軍にいた頃のお前は、命令を復唱する以外に、自主的に話すこともない有様だったからな」

「今も、会話は苦手だ」

 トーリスにも、自分の言葉遣いがぶっきらぼうで拙い自覚ぐらい、ある。そこまで馬鹿ではない。

 彼の告白に、「そうか」とアリバスは破顔した。


「では何が得意になった?」

「野菜の皮むきは得意だ。エシュニーは、『刃物の扱いが手馴れている。玄人か』と言っていた」

「そうかそうか! 聖女殿の舌鋒ぜっぽうは、相変わらず鋭いなぁ!」

 アリバスはそう言って大笑いした。軍にいた頃は、まずお目にかかれなかった姿だ。

 ひとしきり笑った彼は、慈しむようにトーリスを見る。


「お前をエシュニー殿に任せたのは、やはり正解だったな。安心したよ」

 そう言って、アリバスは手を差し出す。無意識にトーリスも手を伸ばすと、その手を掴まれた。

 固い握手と共に、力強い表情と言葉を贈られる。

「これからもエシュニー殿と共にあれ、トーリス。お前が真に人間らしくなるために」

「分かった」

 真に人間らしい、というのが何なのかは分からないが。

 エシュニーのそばにいれば、自分も成長できる。そのことは、トーリスにも分かっていた。

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