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31:魔剣は現金である

 信者にとっては、待ちに待った週末の休息日。

 聖女たちの礼拝へ参加できる日だ。

 しかし本日は残念ながら、聖堂に聖女の姿はなかった。


「聖女エシュニーは体調を崩されており、本日はご静養なさっております。大きな怪我や病気ではないので、どうぞご安心ください」

 神官長の説明は端的なものだったが、みな気付いていた。いや、気付くに決まっている。

 なにせ聖堂へ通じている廊下がめちゃめちゃになっており、現在通れないのだ。

 わざわざ一度外へ出て、裏庭を通って聖堂に入りながら、彼らはこう推測した。


 先日神殿から聞こえてきた爆発音と、あの廊下の惨状。そして体調不良の聖女様──きっと彼女は悪しきものと戦われ、力を酷使されたのだ、と。

「聖女様、どうかご無事で……」

 ゾルナードを始めとする信者たちは、悲壮感さえたたえながら、そう太陽神へ祈った。


 一方のエシュニーは沈痛な面持ちで、裏庭を通る彼らをこっそり観察していた。別館の、寝室の窓から。

(みんな、暗い。そりゃ廊下が壊れて迂回させられてるんだから、仏頂面にもなるよね……)

「やりすぎました……」

 やや勘違いしつつ、彼女もまた暗い声を出す。


 しょんぼりする彼女の腕を、眼前の椅子に座るラルカが励ますようにさすった。礼拝に参加できないと聞き、彼女を元気づけるため見舞いに来てくれたのだ。

「ですがお嬢様、おかげで魔剣同士の抗争を食い止めることができたのですから。大局で見れば、これが一番最良だったと思いますよ。ねえ?」

 妖艶な美貌に慈愛のこもった笑みを浮かべて、ラルカはトーリスへ意見をあおぐ。


 エシュニーの隣に座り、見舞いの品であるタルトを頬張っていた彼はこくり。

「エシュニーが止めていなければ、本館は全損」

「ちょっ、どうしてそうなるのですか……」

 エシュニーと、そして水を向けたラルカすらぎょっとなって、青ざめる。最近、血の気が引いてばかりの気がする。

 ガクブルと震える二人に構わず、トーリスは珍しく滔々とうとうと語った。

「僕たち魔剣の兵装は、影から刃物を生成する技術が基礎。それを応用して、自動追尾武器を生成することも、障壁を生成することも可能だ。そうなると、お互い止まらない。被害は増すばかり」

 どうやら自身の機能について語る際、彼は饒舌じょうぜつになるらしい。喋り慣れているのだろうか。


 それはともかく。

「なんという高次元の喧嘩……」

 あんぐり、とラルカが目を丸くする。

 エシュニーは頭痛がぶり返したため、額をぐっとおさえる。

「そんな喧嘩、もう二度としないように。いいですね?」

「もちろんしない。ライエスも、モリーに懐いている」

「ああ、そういえば。うちの人も言ってましたね」

 ラルカのつぶやきに、エシュニーとトーリスが揃ってこくり。姉弟のようだ、とラルカが思ったのは秘密だ。

「ええ。モリーの餌付けが成功したおかげで、ずいぶんと大人しくなりました」


 そうなのだ。

 軍からライエスの迎えとエーテル技師が到着するまでの間、ライエスは別館預かりとなった。

 彼から殺意すら向けられていたエシュニーとしては、

「あんなブラコン狂犬と一つ屋根の下なんて、絶対嫌だ!」

と思わなくもなかったのだが、神官長に任せるわけにもいかず、渋々了承した。


 しかし意外にも、狂犬は子犬のごとき無邪気さと従順さを見せた。

 すべてはモリーとサルドが彼に与えた、お菓子のなせる業だった。

 二人に懐いたライエスは、エシュニーにも素直に謝罪するほどになっていた。

 トーリスに限らず、どうやら魔剣たちは総じて甘い物が好きであるらしい。


(また襲われた時に備えて、お菓子を持ち歩こうかな)

 そんなことを、エシュニーは本気で検討していた。

 しかし魔剣の前にアリにたかられそうだと判断し、止めた。それにギャランなんぞに見つかったら、「食い意地が張ってやがるぜ」と笑われそうでもある。それは腹立たしい。

 ちなみに話題の中心人物であるライエスは今、モリーやギャランと共にサルドの手伝いをしている最中だ。

 明日、迎えの飛行船が到着するため、彼の送別会の準備を自ら行っているのである。殊勝しゅしょうすぎるだろう。


「サルドがとても楽しそうだ」

 トーリスが、ふとそんなことを口にした。

 それはそうだろう、とエシュニーは微笑む。

「ライエスはトーリスに負けず劣らずの、大食漢ですからね」

「料理バカのサルドさんなら、楽しくて仕方がないでしょう」

 ラルカもくすくすと、愉快そうに笑う。


 しかし女性陣に反して、トーリスの表情は暗い。

「トーリス? どうしました?」

 機体の調子が悪いのだろうか、とエシュニーが彼の顔を覗き込む。しかし、返って来たのは顔より暗い声。

「少し、ライエスの気持ちが分かった」

「気持ち……とは?」

「サルドたちを、取られた気持ちがする」


(ええっと、それはつまり……)

「やきもちを、焼いているのですか?」

 噴き出しそうになるのをこらえながら、エシュニーが問うと。

 実に重いうなずきがあった。

「今朝もサルドの手伝いを、取られた」


(どっちも子供か! あ、精神面は子供なんだった)

 ぷるぷると、エシュニーは震えて笑いをこらえる。

 そんな彼女の脇をつんつん、とつつく者があった。ラルカである。

 エシュニーがそれに気づくと、彼女はうなだれるトーリスへ目配せをした。そしてエシュニーへ、小さくあごをしゃくる。


(え? いや、やらないよ! 人前でやってたまるか!)

 慌てて首を振るエシュニーだが、ラルカは折れない。再度あごをしゃくって、彼女を促す。

 目で「やれ」と訴えるラルカと、「いやだ」と拒むエシュニー。

 しかしとうとう、エシュニーが折れた。

 ため息一つこぼして、トーリスの頭へ手を伸ばす。そして、束ねた髪が崩れぬよう、控えめにそこを撫でた。

 ラルカは満足げに微笑む。


「エシュニー?」

 はたから見ればエシュニーの自主的な頭なでなでに、トーリスは目を丸くした。

 そんな無垢な表情に頬を赤く染めつつ、エシュニーはボソボソ彼を励ます。

「げ、元気出しなさい……私やラルカが、一緒にいるじゃないですか」

「うん。元気出た」

「現金だな!」

 あっけらかんとそう言われ、つい、エシュニーは素顔で苦笑いを浮かべた。

 そして彼のさらりとした頬を、軽くつまむ。

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