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29:ただし尻から出る

 エシュニーを抱えて別館に戻ると、モリーが悲鳴を上げた。

「お嬢様! トーリス君も、一体どうした……きゃあああ! トーリス君のナニが、あちこち丸見えですぅ!」

 気を失っているエシュニーに動揺し、次いでモロ見えのトーリスに号泣し、忙しい限りである。

 厨房から顔を出したサルドも、

「先ほど大きな爆発音がしましたが……まさか、お二人ともそれで?」

青い顔でうろたえる。


 トーリスの後ろから顔を出したギャランが、道中彼から聞いた事情をまとめ、説明を請け負った。

「トーリスの弟分の魔剣が、神殿に来たんだよ」

「えっ」

 涙ぐむモリーと、青ざめるサルドが目を丸くした。

「で、そいつがお嬢に嫉妬して大暴れして……それにブチ切れたお嬢が、神降ろしをして大人しくさせたらしい」

「また無茶をなさって……」

 汗をたらして、痛ましげにエシュニーを見つめるサルド。


「それでは、トーリス君のお怪我も?」

「神降ろしが原因だ」

 うなずくギャランへ、トーリスが少し慌てて言い添える。

「僕が悪かった。弟と喧嘩してしまった」

「喧嘩両成敗で神降ろし……お嬢様らしい豪快さですぅ」

 くすり、と涙を拭ってモリーが笑う。そして彼女がグッと親指を立てた。素朴顔を喜色満面に変えて。


「そしてこの状況は、非常に眼福がんぷくです! お姫様抱っこ! お嬢様、ある意味グッジョブですぅ!」

「お姫様? エシュニーは伯爵令嬢では?」

 首をひねるトーリスの背をグイグイ押し、モリーは二階へ向かう。

「横抱きの通称ですよぅ。さ、お嬢様をお部屋で、寝かせて差し上げましょう」

「分かった」


 彼女に押される形で階段を上り、二階の寝室へ向かう。

 そしてエシュニーをベッドへ寝かせて、看病をモリーに任せた。

 トーリスもそばにいて、彼女が目覚めるのを待ちたかったが、その前にすべきことがある。モロ見えの修繕だ。


 食堂に、自前の応急処置キットを持ち込んだ彼は、ギャランの手を借りながら損傷個所を見る。

「うへぇ……機械とはいえ、なかなかグロテスクだなぁ……中が丸見えってのも」

 破れた人工皮膚に、補修用の軟膏なんこうを塗ってやりながら、ギャランは強面をしかめた。

 トーリスとしては出血もしない自分の体を、生々しいと思ったことはないので、首を振る。

「損傷が激しいと、エーテル排煙ももれ出る。軽微でよかった」


 エーテル機関が排出する、いわゆる紫煙は、体内でろ過するようになっている。その機能が壊れていないことは幸いだった。

「口からあの、紫の煙が出っぱなしになるのか?」

「最悪、尻からも出ると聞いている」

「それは困るな、マジで」

 真面目くさった顔になり、ギャランも深く同意。


 軟膏を塗った後は、身体中に包帯を巻きつける。これで人工皮膚の修復機能が働き、数日の内に表面上の傷はなくなるはずだ。

 問題は内部の損傷だ。魔剣の体は軍事機密でもあるため、町のエーテル技師に任せるわけにもいかない。

「ギャラン、この近くに軍の基地はあるだろうか? 修繕を依頼したい」

「ああ、それならさっきサルドが、軍に連絡するって言ってたぜ」

 そういえば、彼の姿が見えない。どうやら本館の通信機まで、せ参じてくれたらしい。

 ともあれ、これでトーリスも、今後の目途が立った。


「ま、しばらく修理はお預けになるがな」

 ぽんぽん、と彼はトーリスの頭を軽く叩く。

「損傷は軽微だ。問題ない」

「だな。お嬢が本気を出しゃ、街一つを破壊できる奇跡だ。手加減してもらえたんだろうな」

 初耳である。ゾッとした。

 トーリスに血液は流れていないが、血の気を失うとはこういうことなのか、と遅れて考える。


 そこでサルドが、ボロボロのライエスを背負って姿を見せた。

「廊下で泣きじゃくっておりました。神官長様もどうすればよいのか困っていらっしゃったので、こちらで引き取った次第です」

「忘れていた。すまない」

 忘れていた、という兄の言葉に、ライエスはまた涙ぐむ。


「所詮、兄上にとってボクのことなんて、そのような薄っぺらなものだったのですね……」

「まあまあ。トーリス君も、慌てていらっしゃいましたから」

 サルドがなだめながら、彼を椅子に座らせる。そしてライエスとトーリスを、交互に見た。

「お二人がお怪我をされたことは、軍の方にも伝えております。数日以内にこちらへ来ていただけるそうです」

 優しい糸目の顔を見上げ、包帯だらけのトーリスはうなずいた。


「よかった。動けなくなると、エシュニーを守れない」

 ギャランと、寝室から戻って来たモリーが、その言葉に小さく笑う。

「ほんとにお前は、お嬢が好きだなぁ」

「見事なお母さんっ子ですねぇ」


 微笑むモリーへ、トーリスは身を乗り出した。

「モリー。エシュニーは?」

「今は顔色も戻って、ぐっすりですね。寝息も穏やかでした」

 ギャランとサルドも、ホッとしたように肩から脱力した。やはり、彼女のことは心配だったらしい。

「そうか、よかった」

 しみじみと、そうつぶやくトーリスや、ようやく一息ついたことに喜ぶ使用人一同を見回し、ライエスは震え声を出した。


「兄上……この者たちも、友達なのですか……?」

 か細い問いかけに、トーリスは答えを見失う。そんなこと、考えたこともなかった。

 しかし一同の顔を見ると、みな笑顔である。ああ、そうだったのか、とトーリスも納得した。

 そしてライエスへ、こくりとうなずき返す。

「同僚で、友達だ。一番の友達はエシュニーだ」

「そうでしたか……ボクのような魔剣が入る余地なんて、もうなかったのですね」

 それはそれで、少し違う気がした。

 軍属時代も感じていたことだが、ライエスはいつも、白か黒かで判断しがちなのだ。


「お前は友達ではない」

 ライエスの顔が、また泣き出しそうなものになる。

「しかし、弟だ」

 だが、続くその言葉に彼の頬が紅潮し、そしてやっぱり泣き出した。

 どうして泣くのか、とトーリスは首をひねる。友達の方がよかったのだろうか、と。

 困る彼の分も、とばかりに躊躇ちゅうちょなくライエスを抱きしめる者がいた。モリーである。

「ライエス君も、可愛いですぅ!」

 突如のスキンシップと甘い声に、ライエスは涙も忘れて目を白黒させる。


 混乱する彼に構わず、モリーは彼の手を取った。

「ライエス君、お腹空いてない? お菓子食べない? おいしいのがあるよぅ?」

 母性本能全開の彼女へ、父性本能が刺激されたらしいサルドも乗っかかる。

「さきほど、マドレーヌを焼いたのですが。いかがですか?」

 二人の甘やかし攻撃に、ライエスは目を大きく見開いた。

 が、ややあって、小さくだがうなずく。

 どうやら彼も、とりあえずは落ち着いたらしい。

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