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27:魔剣は弟と通じ合わない

「ライエス。なぜエシュニーをにらんだ」

 エシュニーが扉の向こう側へ消えるや否や、トーリスがそう詰問する。

 相変わらず感情の薄い表情だが、たしかな苛立ちが見て取れた。

 しかしそれには構わず、ライエスは再度彼の手をぶんぶん振り回す。

「そんなことより! 兄上も、軍に戻りませんか?」

「そんなことでは──軍?」

 なおも彼を責めようとしたトーリスだったが、突拍子のない提案に、目を丸くした。


 困惑する兄に構わず、先ほどとは打って変わって朗らかな顔になったライエスが、滔々とまくし立てた。

「そうです、軍です。兄上の手紙を拝見して、兄上がこのような僻地へきちで苦労されていることや、満足感とは程遠い生活を送られているのだと、ボクはお察しいたしました。なのでぜひ、ボクと共に軍へ参りましょう。そして二体でまた、たくさんの敵をほふりましょう! きっと楽しい日々になると思うのです!」


 熱のこもった彼の言葉も、トーリスは無表情に受け流す。

 そして、静かに首を振った。

「戻らない。僕はエシュニーの護衛であり、友だ」

 それに、分からなかった。


 トーリスは手紙の中で、こう書いたのだ。

 ライズ町での神殿暮らしはのどかだが、変わり者の信者が聖女に想いを寄せたり、聖女の声が大きくて元気いっぱいだったり、案外色んな出来事があると。

 また、聖女であるエシュニーから「友達になりたい」と言ってもらえたと。

 自分も彼女の「友達」になるべく、もっと市井しせいに溶け込みたいと書いたのに。

 どうしてライエスはそれを、「田舎暮らしに鬱屈うっくつしている」と勘違いしたのか、理解しかねていた。


 トーリスは弟機のぶっ飛んだ思考に困惑していたが、一方のライエスもまた、トーリスの言葉に愕然となっていた。

「友……ですって? 魔剣と人間が、友になるなんてありえない。兄上は、あの女にだまされているのです!」

 エシュニーを悪しざまに言う言葉が、トーリスの平たい感情を逆なでる。彼の口がへの字になった。

「だまされていない。エシュニーは僕を、似た者同士だと言った。それに、人と同じように僕の頭も撫でてくれた。彼女を侮辱するな」


 つい、語気も平時より荒い代物になる。

 しかしライエスはめげない。

「頭ぐらい、ボクだって撫でます!」

「お前に撫でられても、嬉しくない。エシュニーだから嬉しい」

 トーリスも折れてやらなかった。ばっさり言い切る。


 この「お前では嬉しくない」発言は、めげないライエスの心にひびを入れた。くしゃり、と顔がゆがむ。

「何故……ですか? 誰だって一緒です!」

「一緒じゃない。エシュニーは特別だ」

「あんな人間の、どこがいいのです!?」

 わんわんと聖堂へ響き渡る詰問に、トーリスは視線を落とした。そして考える。


 エシュニーのいいところ。

 聖女にもかかわらず、私生活は要所要所でだらしなく。

 寝言は不可解で、怒ると口調が町の不良のようになり。

 スラム街の連中を相手に矢面に立つなど、かなり向こう見ずでもある。

 ついでに器用貧乏だ。


 けれど。

 聖女として、誰よりも頑張っており。

 その眼差しはいつも優しくて、誰に対しても分け隔てない。

 トーリスをも、物扱いしない。

 そして彼のために怒ったり困ったり、屈託なく笑いかけてくれる。


「エシュニーは悪い部分もたくさんある。だけど、彼女はとても温かい」

「そんな理屈、分かりません!」

 ライエスが涙目でがなった。彼はトーリスへ背を向ける。

 次いで、震え声を発した。

「でも……兄上を、あの女が騙しているのだということは、よく分かりました」


 困惑によって、トーリスの眉がきつく寄せられる。

「待て、ライエス。それは違う」

 兄の言葉を、頑なに首を振るライエスは拒んだ。

「違うものですか! 兄上は優しいから、騙されていることにも気付いていないのです! ボクには分かります! ボクの方が兄上の近くに、ずっといたのですから!」

 そう叫ぶや否や、ライエスが聖堂を飛び出した。

 トーリスが慌ててそれを追う。


 以前から直情傾向にあるライエスが、エシュニーに怒りを向けている。嫌な予感しかしない。

 しかし運悪く、出てすぐのところにエシュニーは立っていた。旅行者に捕まったらしく、頬を紅潮させる老女へ笑顔で応対していた。

 トーリスが、彼女へ逃げるよう呼びかけるよりも早く。

「この、泥棒猫めぇぇぇぇ!」

 トーリスには不可解な単語を絶叫し、彼女目がけてライエスが飛びかかった。

 エシュニーも老女もギョッとなり、次いでライエスが影から生成した斧を握っていることに気付く。

 エシュニーは迷うことなく、青ざめる老女を背に庇った。


 その光景に、トーリスが青ざめる番であった。

「ライエス、やめろ!」

 彼は髪を振り乱し、影から作ったナイフを投げる。ライエスの背中に向けて躊躇ちゅうちょなく投げたそれは、斧によって阻まれる。

 自分へ刃を向けた兄に、ライエスは困惑の顔を向けた。

「なっ……何故です兄上! 何故、僕を攻撃するのです!」

「お前こそ、何を考えている!」

 分からず屋の弟に、トーリスは生まれて初めて怒った。それに任せて、怒声を発する。びりびりと、空気が震えた。

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