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26:オレンジ頭の訪問者

 その来訪者が現れたのは、エシュニーが工房での作業にいそしんでいる時のことだった。

「聖女エシュニー、トーリス君」

 神官長が珍しく工房に姿を見せ、エシュニーとトーリスを手招きしたのだ。

 お守りへ加護を与えていたエシュニーと、そのかたわらで紐付け作業を手伝っていたトーリスは、顔を見合わせる。


「神官長が呼んでいる」

「珍しいですね。行ってみましょう」

 周囲の神官と、同じく作業を手伝うギャランへ一声かけ、二人は席を立つ。

 早足で神官長のもとへ行くと、彼は弱り顔であった。もっとも、彼は非常に気が小さいため、いつもどこか弱々しい表情なのだが。よく神官長まで登り詰めたものである。


(にしても、今日は弱々し過ぎる。何かあったな、面倒事が)

「神官長。いかがされましたか?」

 この手の予感は当たるものだが、エシュニーは一応そう尋ねた。彼の調子に合わせていては、日暮れまで肝心のことを言えず仕舞いになりかねない。

「その……実は今、聖堂に旅行者が来ておりまして」

 よくあることだ。聖堂は日中開放されている。


「その旅行者が暴れているのか」

 が、案外血の気の多いトーリスが、すぐに「絶対殺すマン」の側面を見せる。

「トーリス、気が早いです」

 指で×印を作り、エシュニーがいさめた。

 神官長も脂汗を白いハンカチで拭いながら、空笑い。

「暴れてはいらっしゃいません。ただ……その、髪が」

「髪が、どうされました?」

(ハゲている? だから何だって話だよね)


「髪の色が、見るも鮮やかなオレンジ色なのです」

 神官長のその言葉に、エシュニーの視線が持ち上がった。

 彼女の見つめる先にあるのは、一つに束ねている、トーリスの鮮やかに青い髪。

「それは……つまり……魔剣、ということですか?」

 こくこく、と神官長はうなずく。


「それと、どこか浮世離れしたお顔立ちでもありまして」

(間違いない。色男祭の産物だ!)


「分かりました。聖堂へ向かいます」

 神官長の肩を一つ叩いて落ち着かせ、エシュニーとトーリスは聖堂へ向かった。駆け足に近い速さで廊下を進む。

「トーリス、オレンジの髪に心当たりはありますか?」

「ある。だが、ここへ来る心当たりは分からない」

「そうですか……友好的だと嬉しいのですけれど」

 吐息をこぼす彼女より前へ進み出て、トーリスが両開きの大きな扉を全開にした。

 聖堂の一番奥の、ど真ん中の長いすに座る細身の影があった。その後ろ頭は、たしかにオレンジ色。


(あれ、髪は長くないんだ)

 エシュニーが場違いな感想を抱いていると。

「ライエスか?」

 オレンジ頭へ、トーリスが問いかけた。その声を聞きもらさず、オレンジ頭が立ち上がって振り返る。

 トーリスに負けず劣らずの美形顔──こちらはもう少しあどけなく、美少年然としている──が、彼を見とめるや否や破顔した。


「兄上! おひさしぶりでございます!」

 そしてこちらへ駆け寄る。

「兄上?」

 エシュニーがその間に、トーリスへ小声で問いかけ。

「ライエスは僕の兄弟機。僕の方が先に稼働した」

 トーリスも正面を見据えたまま、ささやき声で答える。

「なるほど」


 うなる彼女とトーリスの前に、ライエスが到着した。彼はトーリスの手を取り、嬉しそうに上下に振る。

「手紙をいただき、嬉しさの余り休暇をいただいて、こうして馳せ参じたのです。こんなにすぐ、お会いできるなんて!」

「そうか。返信でよかったのに」


 むしろ返信がほしかった、とトーリスの無表情には書かれていた。文通という文化に、憧れがあるらしい。

「兄上から初めて手紙をいただいて、とても嬉しかったのです。そんなことを言わないでください」

 快活に笑うライエスは、トーリスと比べてずいぶん感情が豊かである。


(次世代機だから、感情面も強化されてる、とか?)

 と考えた彼女は気付く。この弟分、こちらを見ようともしないと。

 トーリスもそれに気づいたらしい。エシュニーの背に自身の手を添えた。

「ライエス。彼女がエシュニー。僕の友達だ」

「ああ、あの手紙にあった……」


 それだけ呟いたライエスから、途端にストンと感情が抜け落ちる。金色のはずなのに、沼のように暗い目が、エシュニーへ向けられた。

 思わずエシュニーの二の腕が、粟立つ。

(何かやらかした? いや、まだ顔合わせしかしてない……ということは、手紙によからぬことが書かれてた? あ! 大声のことだ! 恨むぜよ、トーリス……)


 と、横目で彼をにらみつつ、エシュニーは二人から数歩距離を取った。

「エシュニー?」

 彼女が自分から離れることなど初めてだったので、トーリスは眉をしかめる。

 彼とライエスの視線を避けつつ、エシュニーはやや早口で言い訳した。

「私は、まだ作業が残っていますから、そろそろ失礼いたしますね。トーリスはこちらでゆっくり、ライエスさんとお話ししていなさい」

「だが」

「大丈夫です。こちらのことは任せてください」


 ギャランを馬車馬のように働かせるから、という言葉は飲み込み、彼へ笑いかける。

 その間も無表情のライエスが恐ろしく、エシュニーは後ろ歩きで扉へと戻り、そのまま脱兎だっとのごとく聖堂を飛び出した。


(トーリスゥゥゥーッ! 手紙に、一体何書いたんだっ! あんにゃろ!)

 しかし廊下を歩きながら、そうプンスカ怒りもした。

 むっつり顔の聖女に、すれ違う信者たちは

「怒った聖女様だ! レアでいらっしゃる!」

と、それはそれで喜んでいた。

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