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25:侍女の煩悩の象徴

 翌日、昼食後にエシュニーとモリーとトーリスの三人は、郵便局へ行った。神殿からさほど距離もなく、町の安全地帯にあるので、揃って歩いて向かう。

 町の中核を成す神殿は、どこへ行くにも立地よし、なのだ。

 相変わらずトーリスは、物珍しそうに辺りを観察していた。

 途中で旅行者や信者から、エシュニーが挨拶責めになったり。

 トーリスがファンクラブの面々に囲まれることはあったものの、無事郵便局へたどり着く。

 そして手紙をポストへ投函し終え、後は野となれ山となれ、だ。


「いつ、届くのだろうか」

 赤いポストを、トーリスがじっと凝視する。どことなくワクワクした様子に、エシュニーとモリーは笑った。

「首都まで遠いですから。日数はかかるでしょうね」

「そうか」

「お返事が届くといいですね」

 そう投げかけると、ポストを見つめたまま、トーリスはこくりとうなずく。キュッと結ばれた口が、彼の期待を表していた。


「ああ、可愛いですぅ……ずっと見ていたい……」

 そんな彼の横顔を、モリーが陶然とうぜんと見つめる。

 相変わらず、よだれが漏れ出ていた。彼女は一見すると、素朴で愛らしい容姿のため、その落差がえげつない。

 道行く人々が、モリーを見てギョッとなる。慌てて視線をそらし、大慌てで逃げていく人もいた。それも複数。


(そりゃそうだろうな。どう見ても、危ない人だもん)

 げんなり、とエシュニーはモリーのあごを伝う、大河の如きよだれを指さす。

「モリー……その顔はどうか、別館の中だけにお願いします」

「ハッ! 申し訳ありません! つい煩悩ぼんのうの彼方へ、飛び去っておりましたぁ!」

 我に返ったモリーが、真っ白なエプロンでよだれを拭う。煩悩の象徴であるシミが、エプロンの中央にでかでかと出来上がった。


 帰る道すがら、トーリスはエシュニーの顔をのぞきこむ。

「エシュニー」

「どうしました?」

 歩きながら、彼へ視線を返した。

「エシュニーは誰に書いたんだ?」

「両親宛てですよ」

「何を書いたんだ?」

 質問攻めである。おまけに食い気味だ。


 そんなに気になるのだろうか、と笑いつつ、彼女は快く答える。

「最近のことですよ。あ、もちろんトーリスのことも書きましたよ」

 エシュニーは何気なく答えたのだが。

「本当か?」

 赤い瞳をキラキラさせて、トーリスは立ち止まり、エシュニーの両肩を握った。

 ついでに、彼女をカクカクと揺さぶった。


「な、なんですか……? 嬉しい、のですか?」

 エシュニーの問いに、カクカク揺さぶりが止まる。

 トーリスの視線が下がった。なぜか、への字口のしかめっ面になる。

「分からない」

「はいっ?」

 勢いよく、エシュニーは首をひねった。


(こいつは何を言っているんだ?)

と、その目が疑問符を投げかける。

 胡散臭うさんくさそうな彼女の視線に構わず、トーリスは自分の胸元に手を置く。目も伏せた。

「分からないが、エシュニーが僕のことを書いたと聞いたら」

「聞いたら?」

「ここが、熱い」

 彼のその言葉に、むしろエシュニーの全身が、真っ赤に染まった。


「なっ……え、あ、あなたは、何を言っているのですかっ」

「僕はいけないことを言った?」

「そういうわけ、ではない、ですが……」

 目を白黒させる彼女を見て、トーリスは仏頂面で首をひねった。

「エシュニー、顔が赤い。熱がある?」

「違いますっ。これは、その……もう、知らないっ」

 ごにょごにょ言いながら、エシュニーは両手で頬を押さえた。


 そしてうつむく彼女を、モリーは微笑ましげに見つめていた。

 ただ、その口元からはまた、よだれが流れている。

「ああ……なんという愛らしいやりとりでしょうか……お嬢様、実に素晴らしくウブな反応ですぅ! グッジョブでございますぅ!」

「モリー。よだれが……よだれが、濁流だくりゅうのようにたれてますよ」

 彼女を見つめ返すエシュニーの目は、どことなく遠くを見ているようだ。

「本当だ。滝のようだ」

 トーリスもよだれの水量に、目を丸くしていた。

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