「エシュニーたちは、母に会わないのか?」
母という単語が出たからだろうか。藪から棒にトーリスが、そんな疑問を口にした。
モッシャモッシャとサンドイッチを頬張りつつ、エシュニーが宙をにらんで思い返す。
(最後に帰省したのは……二年前だったかな)
「うーん……そういえば、長らく会っていませんね」
「なんだかんだで、こちらの生活も忙しいですしねぇ」
髪をとかし終えたモリーも、ブラシを片付けながら、しみじみ同意。
エシュニーへミルクを供するサルドも、モリーと似たり寄ったりの表情でうなずいた。
「こちらへ来た直後は、月に一度は里帰りもしておりましたが」
窓べりに腰かけるギャランも、それに同意する。
「段々面倒になっちまうよな。こっちでも、衣食住は事足りてるわけだし」
つまりは全員、長い時間をかけて帰省するための、気力を維持するような理由がないのだ。
端的に言えばギャランの言葉通り、「面倒」なのである。
面倒くさがりという共通点が見つかった四人を、トーリスは順々に眺める。
「会った方がいい。気が付いたら死んでいることもある」
さらりと重い発言だ。
一同がごくり、とつばを飲んだ。
「戦場帰りが言うと、言葉の重みが違いますね……」
ミルクでサンドイッチを流し込みながら、エシュニーが苦笑した。
「とりあえず、手紙でも書いてみましょうか」
「あら、いいですねぇ」
モリーも手を重ね、楽しげに賛同する。そして「そうだ」とトーリスを見た。
「トーリス君も、お手紙を書いてみたらどうですか?」
「手紙?」
聞き慣れぬ言葉だったらしい。トーリスが困惑したように眉根を寄せる。
「ええ。アリバス司令官や、仲のよかった同僚さんに。きっと喜ばれると思いますよぅ」
慈しむようにトーリスを見つめていた、アリバスの姿を思い返したエシュニーも首肯する。
「たしかに。少なくともアリバス司令官は、絶対に喜びますね」
「手紙は、もらうと嬉しいものか?」
首をかしげるトーリスへ、エシュニーは頬杖をついてにっこり。
「そうですね、相手の近況を知れますから。それに、自分のために手紙を書いてくれたという事実も、嬉しいものなのです」
「そうなのか」
しみじみつぶやくトーリスの手を、モリーが取った。そしてブンブン振る。
「書きましょうよ、トーリス君。わたしのレターセット、貸してあげますから」
「ありがとう。書いてみる」
モーリスのレターセット。
お仕着せだと想像しづらいが、彼女の趣味はかなりメルヘンだ。
自室はピンク色で統一されており、本棚に並ぶのは甘ったるい恋愛小説ばかり。
また私服や小物には、手ずから愛らしい刺繍をほどこしたりするほどである。
そんな彼女のレターセット。
それを借りる、トーリス。
それを受け取る、アリバス司令官。
(まずくないか?)
エシュニーの脳裏に、愛らしい手紙 (きっと甘い匂いがするだろう)を受け取ったアリバスが、彼に何があったのだろうか、と混乱する様子が描かれる。鮮明に。
「モリーのレターセットを借りたら……トーリスに変な趣味ができたと、誤解してしまうのではないでしょうか?」
そうなると、エシュニーの監督不行き届きということになりかねない。それは嫌だ。
「言えてるぜ! 大事な魔剣が少女趣味に目覚めたって勘違いされて、派兵されちゃあコトだしな!」
ガハハ、と笑ってギャランも同意。
(事実その通りになったら、笑っていられないがな!)
モリーはすねたように、唇をすぼめる。
「もう、失礼ですねぇ。乙女趣味にも理解のある美青年だなんて、絵になるじゃないですか!」
「えーっと……それこそ、あなたの趣味ではないでしょうか、モリー……」
きらきら目を輝かせて、危ない嗜好を垣間見せる彼女を、エシュニーはうんざりと見やった。
が、しかし。良識人のサルドが、いち早く壁の時計を見る。そして主へ進言。
「お嬢様。そろそろお時間ですよ」
我に返った一同も、つられて時計を見る。すぐにエシュニーがのけぞった。
「あっ、いけない! 忘れていました! ありがとうございます、サルド!」
ごちそうさまでした、と呟いて彼女は慌ただしく立ち上がる。それに続く、トーリスとギャラン。
食堂を出る際に、エシュニーはトーリスを振り返った。
「お昼を終えたら、自由時間を作ってあげます。なので一度、町でお買い物をしていらっしゃい」
「買い物?」
「ええ。レターセット以外にも、必要なものがあれば買って来てよいのですよ」
木床を踏みしめ歩くトーリスが、しばし黙考する。
そして前方のエシュニーを見た。
「エシュニーも」
「はい?」
「エシュニーも、一緒がいい」
手を握られ、くいと後ろへ引かれる。そして彼女の顔を、人形めいた美麗な顔がじっとのぞき込む。
(うおっ、鼻筋綺麗。まつげ長っ。唇つやつやっ)
恋愛と縁遠い生活を送っているエシュニーは、それだけで赤面した。
「わっ、私はあなたのお母さんかっ」
「似たようなもの」
淡々とした答えに、かたわらのギャランが、ぶはっと笑う。
「まさかお嬢の方が、先に子供をこさえるとはなぁ。負けちまったよ、俺!」
彼に元気いっぱい背中を叩かれ、エシュニー (と、ついでに手をつないだままのトーリス)は前のめりにつんのめった。
背中を押さえて、彼女は吠える。
「こさえてたまるか!」