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22:侍女は陰で頑張る

 モリーの母も、エシュニーの生家で使用人をしている。

 現在も現役バリバリで、エシュニー母の侍女として、その鍛え抜かれた技術を振るっているらしい。

 そのためモリーはエシュニー付きの侍女となる以前から、親を通じて彼女と顔なじみであった。年が近いから、と話相手を務めたこともある。

 使用人トリオの中で、エシュニーに仕えた期間は最も短いものの、濃度は最も高いと言える。

 だから彼女の行動も、オッサン二人に負けず劣らず、よくよく熟知している。


 今朝もなかなか起きて来ないエシュニーのため、こっそり部屋に入って、ローブや装身具一式をカゴの中へ準備する。もちろん着替えの順番通りに、衣類を重ねることも忘れない。

 そしてそのカゴを、ベッドの脇へ置いた。その間もエシュニーは、大口を開けて爆睡中である。


 聖女の皮を被っている時とは百八十度違う、間の抜けた寝顔に、モリーは束の間脱力した。しかし、次いで部屋の棚に飾られている、子供たちからもらった粘土細工や絵、人形を見てとり、ふふ、と顔をほころばせた。

 そして来た時と同じように、抜き足差し足で退出。


 ゆっくり扉を閉めると、小走りで階段を下り、厨房へ向かった。

 朝食の準備を行ってるサルドへ、声をかける。

「サルドさん。すみませんが、お嬢様の今日の朝ごはんは、サンドイッチでお願いします」

「もちろんです、かしこまりました」

 万事承知と、エプロンで手を拭いながら、サルドも笑顔で応じた。


 サルドの仕事を手伝い、野菜の皮むき──意外に器用である。刃物の扱いはやはり慣れているらしい──をしていたトーリスが、首をかしげる。

 なお、ギャランは昨夜実家に泊まったため、まだ顔を見せていない。

「何故、エシュニーはサンドイッチなんだ?」

 人差し指を立てて、モリーが微笑む。

「法力を使い果たした翌朝、お嬢様は必ず寝坊するんですよ。だから、時間がなくても簡単に食べられるものに変えるんですぅ」


「エシュニーを起こさないのか?」

 厨房の時計を見て、再度首をかしげるトーリス。いつもなら、エシュニーが起きて来る頃合いだ。彼女は不敬な態度に反して、とても早起きなのだ。

「お嬢様が疲れているのは、私たちも神官長様も、皆承知していますから。礼拝の時間ギリギリまで、起こさずにいてあげよう、ということになったんですぅ」

「なるほど」


 その宣言通り、モリーたちは朝食の準備中も彼女を寝かせていた。

 ギャランが寝ぼけた顔で別館に戻り、使用人とトーリスで食事を摂る間も、二階は静かなものだった。

 そして全ての準備が整い、そろそろ礼拝に間に合わなくなるぞ、となったところでようやく、モリーはエシュニーの部屋へ舞い戻った。

 先程こっそり進入して、こっそり退出した扉を軽快に叩く。

「お嬢様。そろそろお時間ですよぅ」


 中から間の抜けた声と、何かが転がり落ちるような音がした。どうやらエシュニーが、ベッドから落ちたらしい。

「ああ! 服まで用意してくれている! ありがとうございます、モリー!」

 そばに置かれていたカゴに気付いたらしい。彼女は騒音と共に感謝の声を叫んだ。

「いえいえ。朝食も準備が整っておりますよぅ」

「ありがとうございます!」


 それから十分ほどで、エシュニーは自室を飛び出した。

 聖女は化粧も必要としないからこそできる、身支度の早さである。

 食堂に飛び込んで来た彼女は、準備万端のサンドイッチを目にして歓声を上げる。

「ありがとうございます、モリー、サルド!」

 感極まってモリーとサルドに抱き着き、ついでにモリーには頬ずりまでするエシュニー。はいはい、と二人が彼女をなだめた。


「さあ、早く召し上がってください」

「お嬢様、その間に髪をとかしましょう。頭がボサボサですよぅ」

 そう笑った彼女の手には、ブラシがあった。

「ええ、お願いします」

 テーブルに慌てて座るエシュニーの長い髪を、モリーが慣れた手つきでとかす。そして慣れた様子でそれを享受しながら、無心でサンドイッチを頬張るエシュニー。

 やや異様な光景だが、本人たちにとっては「よくあること」であるらしい。

 その間にも、銀のボサボサ頭が、みるみる内に艶を取り戻す。


 着替えも終え、食事も終え、準備万端のトーリスが、壁に背を預けながらその光景を不思議そうに眺める。

「モリーも、エシュニーの友達なのか?」

 サンドイッチを口に運ぶエシュニーと、髪をとかすモリーの動きが同時に止まった。二人は顔を見合わせて、少し寂しげに微笑む。


「残念ながら、モリーは私のお世話係ですね」

「でも、私の母も奥様の侍女をしていますし、私もお嬢様の侍女になって十年になりますから。お嬢様を、一番そばで支えて来た自信はありますよぅ」

 ふふん、とモリーは胸を張る。


 エシュニー専属であるモリー、ギャラン、サルドの使用人トリオは皆、エシュニーの生家からついて来た者たちだ。神殿の信者ではない。

 エシュニーは元々、中流のやや下に位置する貴族の出だ。

 それが神託によって聖女に選ばれたため、学校も辞め、家族や友人とも引き離されて現在に至っている。


 家格がさほど高くないおかげで、エシュニーは比較的自由に育てられた。その生育環境と本人の気質が相乗効果を成したため、跳ねっ返りで気も強い。

 エシュニーをよく知る三人は、

「こんなじゃじゃ馬お嬢様を、神殿でのほほんと生きている、お人好し集団に任せられるわけがない。連中の胃が死ぬ」

と踏んで、彼女について来たのだ。

 だからこそ、彼女の扱いを心得、なおかつ彼女をからかったりもするものの、その忠誠心は高いのだ。


 また聖女は幸せな結婚を望みづらい。婚期を「神の代弁者」としての活動に費やすためだ。そのための救済措置として、年金制度も設けられているほどである。

 それゆえに使用人たちは、トーリスがエシュニーにとって特別な存在になってくれれば、とも考えていた。男女の仲は望めずとも、終生の友として。

 それはもちろん、当の二人には秘密の願いでもある。

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