目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
21:聖女は魔剣を褒める

 エシュニーが目を覚ますと、見慣れた天井と、そして触り慣れた感触があった。

 寝返りを打ち、自分が寝室のベッドの上にいるのだと、遅れて気付く。

 室内は薄暗く、ベッドサイドにあるエーテルランプだけが、柔らかな暖色の光を灯している。

 枕に頭を預けたまま、腕だけ上へ伸ばす。


「あー……ぐっすり寝たぁ……」

「たしかに。よく寝ていた」

「うわっ」

 他に人がいるとは思いもしなかったので、素っ頓狂な声を上げた。心臓も飛び跳ねる。

 胸を押さえて慌てて起きると、ベッドの横に椅子が置かれ、そこにトーリスが座していた。

 ずっとこちらを見ていたらしい。

「あなた、何をしているのですか……?」


(ここは一応、乙女の部屋だぞ。そこに無断侵入は、さすがにイケメン無罪とはならないからな……いや、無罪かも……いやいや、有罪!)

 じっとりにらむと、トーリスの無垢な瞳がこちらを見返す。

「ギャランに頼まれた。法力を使い果たして死ぬかもしれない。見張れ、と」

「いや、そういう時は医者! 医者呼ぼうよ!」


 実のところ、エシュニーが法力を使い果たして倒れたことは、一度や二度ではない。

 その度に元気に復活しているので、「一応見張っておこう」程度でも、間違いではないのかもしれないが。

 しかし毎度、「このまま死ぬのかもしれない」と思われていたとは。落ち込む。

「あなたたちは、私のことをなんだと思っているのですか?」

「聖女」

「そうじゃなくて……うん、もういいや。とりあえず、見張ってくれてありがとうございます」


 ベッドの上で膝を抱え、深々とため息をつく。

 うん、と素直にトーリスはうなずく。

「司令官が、エシュニーは変わり者だと言っていたのは、こういうことだろうか」

「悪かったですね、変わり者でっ」

 かみつくように言っても、トーリスは動じない。さすがだ。


「だが、今日のエシュニーはすごかった」

「え?」

「とてもいいと思う」

 そして真正面から、褒められる。頬が赤くなった。


 銀髪を指に絡め、くしゃり、とエシュニーは微笑む。

「……ありがとうございます。それから、私のために怒ってくれて、それもありがとうございます」

「エシュニーは、僕を褒めている?」

 首をかしげる彼に、うんとうなずく。

「ええ、そうですよ」

「撫でるのは?」

「は?」

 目が点になった。


 呆気にとられるこちらに構わず、トーリスが身を乗り出し、己の頭を指し示す。

「エシュニーはサルドの頭を、撫でていた。ギャランから、褒める時に頭を撫でると聞いた」

「うう……変なことを覚えやがって……」

 真っ赤な顔で、歯ぎしりしながら彼をにらむも、期待に満ち満ちた目が返された。ランプの温かな光を映すその瞳は、相変わらず鮮やかな赤だ。

 おまけに、膝の上でちょこんと手を揃えている。可愛い。


 観念したエシュニーは深呼吸をして、なんとなくシーツで手を拭い、そして差し出されているトーリスの頭へそれを伸ばした。

 初めて触れる青い髪は、見た目通りサラサラとした感触だった。優しく、二度三度と撫でる。

 トーリスは嬉しそうに目を細めていた。

 陶然とした、人間らしさすらあるその表情に、ますますエシュニーの顔は赤くなった。目が離せない。そして、鼻血が出そうだ。


「は、はい、おしまいです!」

 このまま撫でていたら本当に鼻血を噴き出しそうだったので、両手で鼻を覆いながらあとずさった。

 物足りなさそうな顔が、ちろりと向けられる。

「そうか。残念だ」


(嬉しいことを言ってくれるな!)

 鼻をおさえて倒れた彼女は、うらめしげに彼を見上げる。

 と、どうしてエシュニーは自分をにらんでいるのだろう、と不思議そうな顔が返された。

 その純粋な眼差しをにらみ──見つめていると、今まで薄っすら気になっていた疑問が、ふと顔を持ち上げた。


「ねえ、トーリス。一ついいですか?」

「なんだ?」

「どうしてトーリスは、市井に交わる道を選んだのです?」

 トーリスは目をまたたき、しばし固まった。身を起こし、エシュニーは答えを待つ。


 しばらく経って、彼は口を開いた。

「僕に命はない。だから、命を奪うべきではないと思った」

 平坦な口調だからこそ、かえって苦々しさを伴っていた。彼の内なる劣等感に、エシュニーは胸を押さえる。

「あなたたちが終戦に導いてくれて、救われた人は多いのですよ?」

「そうか」

 静かにつぶやく彼の頭へ、もう一度エシュニーは手を伸ばした。両手を。


 そして、勢いよく髪をかき回す。トーリスが黙ったまま、目を見開く。

 ぎょっとする彼に笑いかけ、エシュニーは言った。

「それに私は、トーリスに命がないとは思いません」

「そうなのか?」

 首をかしげる彼の頭を引き寄せ、額同士を重ねる。触れ合った額越しに、彼のぬくもりが伝わった。

(やっぱり、命がないだなんて思えない)


「ええ。だってこんなに温かくて、一緒にいると楽しいんですもの」

「エシュニーが言うと、本当に思える」

 エシュニーの言葉とぬくもりを噛み締めるように、トーリスが瞳を閉じる。長いまつげだ。

「本当です。だって私は、聖女ですよ?」

「そうだった」

「そうだったって、何ですか」


 エシュニーは額を離し、目を細めてうなった。

「あなた、段々ギャランに似て来ていませんか?」

(だとしたら教育のためにも、あの筋肉バカから引き離すべきだ。うん)


 目を開いたトーリスが首をかしげる。

「エシュニーとギャランの方が似ている」

「やめてよ! なんであんな筋肉だるまに似てるんだ!」

 ピギャーッスと吠える彼女に、トーリスは淡々と答えた。


「生き様が」

「生き様ぁ!?」

 一番似てほしくない部分である。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?