帰りの自動馬車の中で。
ギャランはむっつりと、顔をしかめていた。いわゆるお小言タイムである。
説教されるのは、もちろんトーリス。
「ったく……お嬢が上手くまとめたからよかったものの……肝が冷えたぜ」
不機嫌そのものの顔が、短気な後輩をにらみつける。
「おい、トーリス。カッとなるのは、兵士としちゃご
「すまなかった。二度としない」
どことなく気落ちした様子のトーリスは、眠りこけるエシュニーに肩を貸しながら、そう呟いた。
表情は薄いが、反省しているらしいとギャランは踏んで、いくばくか怒り顔を和らげた。
「……ま、怒った気持ちも痛いほど分かるけどな。正直なところ、俺も銃をぶっぱなしそうになってたし。護衛としちゃ赤点だが、お嬢の友人としちゃ合格点だよ」
歯を見せて笑い、彼はトーリスのさらさらとした青髪をかき回す。驚いたのか、トーリスの肩が跳ねた。しかし、されるがままであった。
「ギャラン、これは何?」
「あん? 褒めてんだよ。頭撫でられたことねぇのか?」
「ない」
「そっか。まあ、軍で頭撫でる習慣があっても……」
「不気味だ」
かき回された髪を撫でつけながら、トーリスがぽつり。
「だな。お前も言うようになったじゃねぇか。お嬢の教育の賜物かね?」
楽しげな彼の視線が、よだれをたらして眠るエシュニーに向かう。その眼差しは、親愛の情に満ちている。
トーリスも、肩にもたれる彼女を見た。
エシュニーは怪我人を癒すため、法力を使い切ってしまった。
その結果、自動馬車へ乗り込むなり、倒れるようにして眠りこけているのだ。しかし狭い車内では横にもなれず、こうして肩を貸すに至っている。
彼女を見つめるトーリスの眉が、かすかに寄せられる。
「何故」
「あ?」
彼の呟きに、ギャランが首をひねった。
「何故、エシュニーは倒れるまで力を使った?」
「何故って……聖女だから、じゃねぇかな?」
あごをかきながら、考えながら、小難しい顔でギャランが答えた。
「お嬢はたしかに跳ねっ返りだが、それでも聖女だからな、一応は。自分の務めは、ちゃんと分かってるんだろうよ」
「務め」
ギャランがうなずく。彼の渋い顔に、夕日が陰影を作る。
「お前だって、魔剣としての務めがあっただろ?」
「あった」
うなずき、トーリスは自分の手を見つめる。
「僕たちは、目の前の敵をずっと、ずっと殺して来た。それが僕たちの務めだった」
「そうかい」
しばしの沈黙が、馬車の中に流れる。いや、エシュニーの
「分割払いでお願いします……」
という、あまりにも世知辛い寝言だけが、車内に漂った。
「なんて夢見てやがんだよ」
呆れて笑ったギャランは、もう一度トーリスを見る。
「今のお前の務めは、その子を守ることだが。どうだ、物足りねぇか?」
問われて、トーリスは思考する。
そもそも物足りているのか、いないのかなどと、今まで考えたこともなかった。考える必要もなかった。
戦場の外側では、今まで不要だったものが沢山求められる。
困惑することも多いし、一方で魔剣としての力は全く求められないため、自分の存在理由についても考えることがある。
だが、そこへ思考を伸ばすと同時に、いつもエシュニーや使用人の面々の笑顔を思い出すようになっていた。それらを
「物足りない、のだと思う。けれど、悪くはない」
にんまりと、ギャランは笑った。得意げな時のエシュニーの笑顔と、どことなく似ている。
外見は似ていないのに、二人は兄妹のようだ、とトーリスは考えていた。
「そうかい。心配しなくても、お嬢はこれからも色々やらかすからよ。暇には程遠いと思うぜ」
「それはよかった、と言っていいのか?」
首をひねると、何故か妙に凛々しい顔になったギャランが、威風堂々と首を振る。
「俺にも分からん。なにせお嬢は、赤ん坊の頃からトラブルメーカーらしいからな」
エシュニーに関する逸話には事欠かないことだけは、トーリスもわずかな護衛期間の間に学んでいた。
「筋金入りか」
「そういうこった」
真面目くさった顔でそう言ったギャランは、次いで赤ん坊時代のエシュニーの武勇伝を語る。
ハイハイしかできないのに、勝手に子供部屋から抜け出て逃亡したこと。
風呂場で突如暴れて乳母の腕から飛び出し、あやうく溺れかけたこと。
部屋に侵入したハチを、持っていた玩具で叩き潰したこと。
これは目を離せない令嬢である、とトーリスも納得した。
しかしギャランの言う通り、彼女の護衛兼友人でいるならば、たしかに暇からは程遠いのかもしれない。
それはきっと、幸いなことなのだろう。