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20:魔剣は先輩に怒られちゃった

 帰りの自動馬車の中で。

 ギャランはむっつりと、顔をしかめていた。いわゆるお小言タイムである。

 説教されるのは、もちろんトーリス。

「ったく……お嬢が上手くまとめたからよかったものの……肝が冷えたぜ」

 不機嫌そのものの顔が、短気な後輩をにらみつける。


「おい、トーリス。カッとなるのは、兵士としちゃご法度はっとなんじゃねぇのか? いきなり刃物使いやがって」

「すまなかった。二度としない」

 どことなく気落ちした様子のトーリスは、眠りこけるエシュニーに肩を貸しながら、そう呟いた。


 表情は薄いが、反省しているらしいとギャランは踏んで、いくばくか怒り顔を和らげた。

「……ま、怒った気持ちも痛いほど分かるけどな。正直なところ、俺も銃をぶっぱなしそうになってたし。護衛としちゃ赤点だが、お嬢の友人としちゃ合格点だよ」

 歯を見せて笑い、彼はトーリスのさらさらとした青髪をかき回す。驚いたのか、トーリスの肩が跳ねた。しかし、されるがままであった。


「ギャラン、これは何?」

「あん? 褒めてんだよ。頭撫でられたことねぇのか?」

「ない」

「そっか。まあ、軍で頭撫でる習慣があっても……」

「不気味だ」

 かき回された髪を撫でつけながら、トーリスがぽつり。


「だな。お前も言うようになったじゃねぇか。お嬢の教育の賜物かね?」

 楽しげな彼の視線が、よだれをたらして眠るエシュニーに向かう。その眼差しは、親愛の情に満ちている。

 トーリスも、肩にもたれる彼女を見た。

 エシュニーは怪我人を癒すため、法力を使い切ってしまった。

 その結果、自動馬車へ乗り込むなり、倒れるようにして眠りこけているのだ。しかし狭い車内では横にもなれず、こうして肩を貸すに至っている。


 彼女を見つめるトーリスの眉が、かすかに寄せられる。

「何故」

「あ?」

 彼の呟きに、ギャランが首をひねった。

「何故、エシュニーは倒れるまで力を使った?」

「何故って……聖女だから、じゃねぇかな?」

 あごをかきながら、考えながら、小難しい顔でギャランが答えた。


「お嬢はたしかに跳ねっ返りだが、それでも聖女だからな、一応は。自分の務めは、ちゃんと分かってるんだろうよ」

「務め」

 ギャランがうなずく。彼の渋い顔に、夕日が陰影を作る。


「お前だって、魔剣としての務めがあっただろ?」

「あった」

 うなずき、トーリスは自分の手を見つめる。

「僕たちは、目の前の敵をずっと、ずっと殺して来た。それが僕たちの務めだった」

「そうかい」


 しばしの沈黙が、馬車の中に流れる。いや、エシュニーの

「分割払いでお願いします……」

という、あまりにも世知辛い寝言だけが、車内に漂った。

「なんて夢見てやがんだよ」

 呆れて笑ったギャランは、もう一度トーリスを見る。

「今のお前の務めは、その子を守ることだが。どうだ、物足りねぇか?」

 問われて、トーリスは思考する。


 そもそも物足りているのか、いないのかなどと、今まで考えたこともなかった。考える必要もなかった。

 戦場の外側では、今まで不要だったものが沢山求められる。

 困惑することも多いし、一方で魔剣としての力は全く求められないため、自分の存在理由についても考えることがある。

 だが、そこへ思考を伸ばすと同時に、いつもエシュニーや使用人の面々の笑顔を思い出すようになっていた。それらを反芻はんすうすると、不思議と疑問や困惑が消えるのだ。


「物足りない、のだと思う。けれど、悪くはない」

 にんまりと、ギャランは笑った。得意げな時のエシュニーの笑顔と、どことなく似ている。

 外見は似ていないのに、二人は兄妹のようだ、とトーリスは考えていた。

「そうかい。心配しなくても、お嬢はこれからも色々やらかすからよ。暇には程遠いと思うぜ」

「それはよかった、と言っていいのか?」


 首をひねると、何故か妙に凛々しい顔になったギャランが、威風堂々と首を振る。

「俺にも分からん。なにせお嬢は、赤ん坊の頃からトラブルメーカーらしいからな」

 エシュニーに関する逸話には事欠かないことだけは、トーリスもわずかな護衛期間の間に学んでいた。

「筋金入りか」

「そういうこった」


 真面目くさった顔でそう言ったギャランは、次いで赤ん坊時代のエシュニーの武勇伝を語る。

 ハイハイしかできないのに、勝手に子供部屋から抜け出て逃亡したこと。

 風呂場で突如暴れて乳母の腕から飛び出し、あやうく溺れかけたこと。

 部屋に侵入したハチを、持っていた玩具で叩き潰したこと。

 これは目を離せない令嬢である、とトーリスも納得した。


 しかしギャランの言う通り、彼女の護衛兼友人でいるならば、たしかに暇からは程遠いのかもしれない。

 それはきっと、幸いなことなのだろう。

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