たとえ戦地であろうとスラムであろうと、平等に注がれる太陽神の恵み──陽光が、純真と清貧の象徴である、神殿の白い祭服に降り注ぐ。
「きれいな服着ちゃって……嫌がらせかよ」
ぼそり、とスラムの人々からそんな声があがった。だが、神殿からの来訪者たちは聞こえなかった風を装い、笑顔を浮かべて立つ。もちろんトーリスだけは、いつもの表情筋が死んだ顔つきである。
また彼らを守るべく、一団の外縁に立つ、警察機構の人々も忌々しげな顔となっている。
日差しは純白の祭服を印象付けると同時に、エシュニーの艶やかな銀の髪もきらめかせた。
その滑らかさと輝きに、集合住宅に集まった人影から、口笛や歓声が上がる。美人の受けがいいのは、ここも変わらずであるらしい。
特に、最前列に立つ中年男性三人組が、ことさら目立つ野次を飛ばした。
「マジでいい女だな!」
「聖女さまー、俺らのアソコも癒してよー!」
「ヤらせてくれー!」
(想像以上に、ストレートな下品さだ!)
社交界での、
しかし、そんな風にのんきでいられるのは、聖女ぐらいなものであり。
警察官たちはすぐに盾と警棒を構え、ギャランも腰に吊るした銃へ手を伸ばした。揃って臨戦態勢である。
またトーリスに至っては、無言で警察官たちを押しのけて、慰問団の先頭に躍り出る。
次いで影から生成したナイフを、野次めがけて投擲した。止める間もなくの、不言実行だ。
「ぅわあぁっ!」
全員の足元すれすれに、投げ放たれたナイフは刺さっていた。
「エシュニーに何をさせるつもりだ」
いつになく冷え冷えとした声音で、トーリスが群衆をねめつける。戦意と殺意みなぎる視線によって、彼らは凍り付いていた。
(お前こそ何するつもりだよ! ここ、スラムだから! 火気と暴力厳禁!)
エシュニーが冷や汗をかきながら、彼の隣に並ぶ。そして、トーリスの肩へ手を添えた。
「トーリス、過激な行動は慎みなさい」
「何故だ。あいつらはエシュニーを馬鹿にした」
強張った声音と共に、険しい顔が向けられる。怒っている、のだろうか。
予想外に短気だった魔剣に慌てふためく慰問団であったが、威嚇されて黙っているほど、スラムの面々も温厚ではない。凍らされた勢いはたちまち溶け、そして熱を帯びだす。
「何が慰問だよ……」
「殺る気マンマンだってんなら、こっちだって油断しねぇぞ」
不穏な空気が、周囲からも発せられる。
荒事に不慣れな神官長と神官たちは、早くも真っ青だ。
そしてそれは、エシュニーも似たり寄ったりである。
(まずい。これは終わったかも)
気の早い彼女は自身の終焉を、覚悟した。
その時であった。
右目に汚れた眼帯をした少年が一人、のんきな小走りで群衆から飛び出た。人々と、慰問団の狭間に立つ。
彼の乱入により、緊迫した空気に混乱が混ざった。
だが、そんな空気を読み取る子供ならば、そもそも群衆から出て来たりしない。息を飲む大人たちなどお構いなしに、地面に刺さったナイフをしげしげ眺める。
「これって、魔法? お兄ちゃん魔法使い?」
躊躇なく漆黒のナイフをつついた少年が、屈託なくそうトーリスに問うた。
「違う。僕は魔剣だ」
「へー」
無邪気に笑顔の少年と、魔剣という単語に後ずさる群衆。しかし、魔剣への圧倒的「かかわったらヤバい」イメージが、束の間殺気を和らげてくれた。
それをエシュニーは、見逃さなかった。彼女も慰問団から飛び出す。
「エシュニー、危ない!」
「おい、お嬢!」
慌ててトーリスとギャランが後を追うも、彼女は構わず少年の前へしゃがみこんだ。
次いでニッと笑いかける。
「魔法なら、私も使えますよ」
その言葉に、少年は目を大きくした。
「ほんと? みせて、みせて」
「ええ、もちろんです」
血で汚れた眼帯の上へ、エシュニーが手をかざす。そして、太陽神へ祈った。
淡い金色の光が、少年の右目とその周囲を包み込む。少年は歓声を上げ、群衆からはどよめきが起こった。
光は、しばらく後に消えた。
「……あれ?」
異変に気付き、少年が眼帯を外す。そして、今まで血の塊に覆われていた右目をゆっくりと、開閉した。ぱちぱちと、辺りも見回す。
「目が、見える……お姉ちゃん、すごい!」
歓喜にきらめく両目が、エシュニーを映した。彼女も見つめ返し、はにかむ。
「治ってよかったです」
彼の頭を撫でながら立ち上がり、群衆へも微笑みかける。
「他にお怪我をされている方はいらっしゃいますか? どうか私に、見せてください」
エシュニーの笑顔と言葉が、かすかに残っていた殺気もまとめて消し去った。
人々は、しばし顔を見合わせて小声で相談するも。
明瞭な彼女の声に誘われ、片腕を吊ったものや、足を引きずる者が、おずおずと歩み出る。
先ほどエシュニーを嘲った男の内、片腕のない者もその中に、気まずそうにして混じっていた。
(欠損した体の再生は骨が折れるけど……仕方がない、やりますか!)
うん、と心を決めて、彼女は負傷者たちを見て回る。
ハッとしたように神官長たちも、その治療を手伝って回った。警察機構も、行列の整理を行う。
一触即発であった両者の間に、こうして秩序が生まれた。