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13:狂信者のその後

 神殿への寄付騒動ですっかり忘れていたのだが、本来エシュニーはゾルナードを拒みたかったのだ。彼から贈られてくるプレゼントともども。

 そのことを思い出したのは、ウキウキルンルンとばかりにゾルナードが聖堂へ現れた時であった。


 トーリスの勘違いによる大立ち回りの結果、彼はエシュニーへの信仰心を強めているのだ。これはよろしくない。

 身を強張らせるエシュニーの不穏さに気付く様子もなく、浮かれポンチと化したゾルナードが、彼女の前まで来て膝を折る。


「ご機嫌うるわしゅうございます、聖女様。先日は吾輩めのため、御自ら拙宅までお越しくださり、ありがとうございました」

「い、いえ……こちらに非がございましたから……」

 うつむいていた顔をガバリと上げ、ゾルナードが目を見開く。


「非だなどと! 聖女様の深く温かい慈悲の御心は、このゾルナードにしっかり届いております!」

「そうでしたか……それは、なんとも……その、嬉しい限りです」

(駄目だ、詰んだ。このカッパ頭を拒めない)

 もう一度貢ぎ物を拒否しようものなら、また更なる悪化を招きかねない。エシュニーは髪をかき回しながら、床をのたうち回りたい衝動に駆られた。


 しかし

「あれから吾輩は、聖女様がお喜びになる贈り物はなんだろうか、と考えました。そして、たどり着きました、一つの答えに」

そう言った彼は、どこか誇らしげに笑う。

 自身と確信に満ちた笑みにつられ、エシュニーは問いかけた。

「……答え、とは?」

「先ほど孤児院へ、食料品と不足分のベッドを寄進して参りました」

「まあっ」


 聖女の皮を忘れて、思わず飛び跳ねそうになった。こらえきれず、片足がぴょんと跳ねる。

 ゾルナードが、本当に困っている人々のために私財を投じた。奇跡である。


「ありがとうございます、ゾルナード様」

 心底感謝するエシュニーの柔らかな声と、紅潮した微笑みに、ゾルナードは大いに照れた。右手を振り振り、頭を撫でる。

「いえいえっ。幸い吾輩には、人に分けられるだけの財がございますから。これも全ては、聖女様のため……そしてあなた様の護衛にも、感謝しなくては」

 視線をエシュニーの後方へ控える、トーリスへ。幸いなことに、その眼差しに恐怖や怒りの色はなかった。


「君が身を挺して教えてくれたからこそ、吾輩も大事なことに気付けたのだよ。ありがとう、トーリス殿よ」

「そうか、よかった」

 相変わらずの無感動な声音に気分を害することもなく、ゾルナードは再度うやうやしくエシュニーへ礼を取り、そして足取り軽く帰って行った。


「なんという……急転直下の展開」

 彼が消えた聖堂の出入り口を見つめながら、エシュニーがぽつり。隣にやって来たギャランも、肩をすくめた。

「ま、本人は勘違いして納得して、慈善活動にも目覚めてくれたんだ。よかったじゃねぇか」

「それはそうなのですが……」

 エシュニーは頬に手を添え、困惑顔で首をかしげる。


 だましているような気もするが、真実を告げるべきでないことも分かっているので、これが最良なのだろう。きっと。

 小さくうなる彼女の背後に、トーリスが立つ。

「エシュニー。僕はまた、いけないことを言った?」

「ああ、ごめんなさい。そうじゃないんです」

 どうやら彼に勘違いさせてしまったらしい。振り返り、微笑みかける。


「むしろ逆です。あの時、ゾルナード様に問いかけてくれて本当にありがとうございます。でも、武力行使はめっ!ですよ?」

 指で×印を作りながら、そこは強調する。

「ガキの躾をするお母さんかよ」

と、ギャランは苦笑いするも、当のトーリスは彼女にならって×印を作りながら、

「めっ、分かった」

至極真面目にうなずいていた。その素直さに、エシュニーは鼻血が出そうになるのを、天井をにらむことで回避する。


あなどっていた、こいつの可愛らしさを)

「何してんだ、お嬢?」

「気にしないでください。猛烈に、首がこってしまったのです」

 いぶかしげなギャランの視線を、そうごまかした。


「エシュニー」

 ×印を作りながら、トーリスが彼女を呼ぶ。一度鼻の下をぬぐい、無事であることを確認してから彼へと目を落とす。

「どうしました、トーリス」

「もしもゾルナードが手を握ってきたら、またエシュニーを温める」

「はいっ?」

 温めるということは、またあの天国直通ハグが待っているというわけで。

 エシュニーの顔が、みるみるうちに赤くなる。


「何を言っているのですか、あなたは!」

 思わず振り上げたこぶしを、どうにかごまかしつつ、エシュニーは声を大にした。

 参拝者や神官たちが、「聖女様がお怒りに!」と目を丸くしているのが、視界の隅に入る。不覚だ。

(今まで築き上げたイメージが……おのれ……)


 しかし内心で、忸怩じくじたる思いを抱える彼女に気付くトーリスではなく、いつも通りの無表情でこうのたまった。

「あれが一番効果的だと、ギャランが言った」

(お前が震源地か、ギャラン!)


「ギャラン、余計なことを教えない!」

 ギャランは口笛を吹いてそっぽを向くという、典型的なごまかしに走った。そんな彼の後頭部を、ぺしりと叩く。

「聖女様が……お叩かれになった!」

「ぜひ私めも!」


 参拝者から、そんな歓声が上がる。この神殿には変態しか来ないのだろうか。

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