神殿への寄付騒動ですっかり忘れていたのだが、本来エシュニーはゾルナードを拒みたかったのだ。彼から贈られてくるプレゼントともども。
そのことを思い出したのは、ウキウキルンルンとばかりにゾルナードが聖堂へ現れた時であった。
トーリスの勘違いによる大立ち回りの結果、彼はエシュニーへの信仰心を強めているのだ。これはよろしくない。
身を強張らせるエシュニーの不穏さに気付く様子もなく、浮かれポンチと化したゾルナードが、彼女の前まで来て膝を折る。
「ご機嫌
「い、いえ……こちらに非がございましたから……」
うつむいていた顔をガバリと上げ、ゾルナードが目を見開く。
「非だなどと! 聖女様の深く温かい慈悲の御心は、このゾルナードにしっかり届いております!」
「そうでしたか……それは、なんとも……その、嬉しい限りです」
(駄目だ、詰んだ。このカッパ頭を拒めない)
もう一度貢ぎ物を拒否しようものなら、また更なる悪化を招きかねない。エシュニーは髪をかき回しながら、床をのたうち回りたい衝動に駆られた。
しかし
「あれから吾輩は、聖女様がお喜びになる贈り物はなんだろうか、と考えました。そして、たどり着きました、一つの答えに」
そう言った彼は、どこか誇らしげに笑う。
自身と確信に満ちた笑みにつられ、エシュニーは問いかけた。
「……答え、とは?」
「先ほど孤児院へ、食料品と不足分のベッドを寄進して参りました」
「まあっ」
聖女の皮を忘れて、思わず飛び跳ねそうになった。こらえきれず、片足がぴょんと跳ねる。
ゾルナードが、本当に困っている人々のために私財を投じた。奇跡である。
「ありがとうございます、ゾルナード様」
心底感謝するエシュニーの柔らかな声と、紅潮した微笑みに、ゾルナードは大いに照れた。右手を振り振り、頭を撫でる。
「いえいえっ。幸い吾輩には、人に分けられるだけの財がございますから。これも全ては、聖女様のため……そしてあなた様の護衛にも、感謝しなくては」
視線をエシュニーの後方へ控える、トーリスへ。幸いなことに、その眼差しに恐怖や怒りの色はなかった。
「君が身を挺して教えてくれたからこそ、吾輩も大事なことに気付けたのだよ。ありがとう、トーリス殿よ」
「そうか、よかった」
相変わらずの無感動な声音に気分を害することもなく、ゾルナードは再度うやうやしくエシュニーへ礼を取り、そして足取り軽く帰って行った。
「なんという……急転直下の展開」
彼が消えた聖堂の出入り口を見つめながら、エシュニーがぽつり。隣にやって来たギャランも、肩をすくめた。
「ま、本人は勘違いして納得して、慈善活動にも目覚めてくれたんだ。よかったじゃねぇか」
「それはそうなのですが……」
エシュニーは頬に手を添え、困惑顔で首をかしげる。
だましているような気もするが、真実を告げるべきでないことも分かっているので、これが最良なのだろう。きっと。
小さくうなる彼女の背後に、トーリスが立つ。
「エシュニー。僕はまた、いけないことを言った?」
「ああ、ごめんなさい。そうじゃないんです」
どうやら彼に勘違いさせてしまったらしい。振り返り、微笑みかける。
「むしろ逆です。あの時、ゾルナード様に問いかけてくれて本当にありがとうございます。でも、武力行使はめっ!ですよ?」
指で×印を作りながら、そこは強調する。
「ガキの躾をするお母さんかよ」
と、ギャランは苦笑いするも、当のトーリスは彼女にならって×印を作りながら、
「めっ、分かった」
至極真面目にうなずいていた。その素直さに、エシュニーは鼻血が出そうになるのを、天井をにらむことで回避する。
(
「何してんだ、お嬢?」
「気にしないでください。猛烈に、首がこってしまったのです」
いぶかしげなギャランの視線を、そうごまかした。
「エシュニー」
×印を作りながら、トーリスが彼女を呼ぶ。一度鼻の下をぬぐい、無事であることを確認してから彼へと目を落とす。
「どうしました、トーリス」
「もしもゾルナードが手を握ってきたら、またエシュニーを温める」
「はいっ?」
温めるということは、またあの天国直通ハグが待っているというわけで。
エシュニーの顔が、みるみるうちに赤くなる。
「何を言っているのですか、あなたは!」
思わず振り上げたこぶしを、どうにかごまかしつつ、エシュニーは声を大にした。
参拝者や神官たちが、「聖女様がお怒りに!」と目を丸くしているのが、視界の隅に入る。不覚だ。
(今まで築き上げたイメージが……おのれ……)
しかし内心で、
「あれが一番効果的だと、ギャランが言った」
(お前が震源地か、ギャラン!)
「ギャラン、余計なことを教えない!」
ギャランは口笛を吹いてそっぽを向くという、典型的なごまかしに走った。そんな彼の後頭部を、ぺしりと叩く。
「聖女様が……お叩かれになった!」
「ぜひ私めも!」
参拝者から、そんな歓声が上がる。この神殿には変態しか来ないのだろうか。