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10:魔剣は諸々込みでイケメンだった

 こちらから呼び出す手間もかからず、ゾルナードとの面会は叶った。その日の夕刻、向こうから聖堂にやって来たのだ。

 プレゼントを拒まれるとも知らず、のこのこと。


 申し訳ない気も非常かつ多分にするが、応えられない好意なのだ。エシュニーにおじさん趣味はない。

 ぴしゃりと言うべきであろう。


「ゾルナード様。お気持ちは大変ありがたいのですが。これ以上の贈り物は、いただけません」

 他に参拝者がいなくなったところを見計らって、そう切り出した。

 長椅子に座っている黒いおかっぱ頭のゾルナードは、切れ長の目をきょとん、と点にする。そして目の前に立つエシュニーを、不思議そうに見上げた。


「何故でしょうか? ささやかな贈り物も、神はお許しにならないのでしょうか?」

(部屋を埋め尽くすプレゼントの、どこがささやかなんだよ)

 胸中の愚痴は飲み込み、聖女然とした儚い笑顔で首を振る。エシュニーの最も得意とする技、猫被りだ。

 ちなみに次点で得意な技は、先生に気づかれずの居眠りである。


「私などに施していただけるのならば……ぜひ、代わりに、町の恵まれない方へ優しくしていただけますと、大変嬉しいのですが」

「施しだなんて! あれはあなたの美しさ、そして優しさを賛美するための、ささやかな贈り物に過ぎませぬ!」

 長椅子から立ち上がり、心外だとばかりにゾルナードは声を荒げた。あまつさえ、大股でエシュニーへ肉薄する。


 ささやかな贈り物として、「イエス/ノー」枕を贈られる者の気持ちを、彼は考えたことがあるのだろうか。

 エシュニーは今すぐにでも腕まくりをして、

「お前の好意がそもそも怖いんだよ! 止めてくれ!」

と、彼をぶん殴りたいのをどうにか耐え忍び、なだめるように手を持ちあげる。


 と、その手を、両手で握りしめられた。指も絡め取られる。

 ぞくり、と二の腕が粟立つ。

「ゾ、ゾルナード様……?」

 父とさして年齢の変わらぬ男が、先ほどのモリーよろしくうっとりした顔で、エシュニーへ更に詰め寄る。視界の隅で、ギャランたちがこちらへ駆け寄るのが見えた。


 それには構わず、ゾルナードは彼女の前で腰を折ってささやく。

「本当に差し上げたいのは、私の心……ただそれだけなのです」

 二の腕と言わず、全身に鳥肌が立った。顔も含めて。

「ご、冗談、を……」

 やんわり腕から逃れようとするも、ゾルナードの力は当然ながら、エシュニーよりも強い。


 うっすら涙をにじませながら、彼女はのけぞろうとして──その体を、背後に立ったトーリスが受け止めた。

 なんでもない様子で、彼はゾルナードを押す。しかしその瞬間、ゾルナードは勢いよく転倒した。魔剣に力で勝てるわけがないのだ。


「何をするんだ、神官風情が!」

 トーリスの着ている祭服を見やり、ゾルナードが強打した腰をさすりながら叫ぶ。

 それすら無視して、彼は自分が支えるエシュニーの顔を眺める。どこかしげしげと、不思議そうに。


「……トーリス? どうしました?」

「エシュニー、寒いのか? 肌が変」

 粟立あわだった頬を手で隠し、空元気でエシュニーは笑う。

「そ、そうかもしれませんね。急に寒気が──わぁっ」

 寒気と口にした途端、トーリスに抱きしめられた。意外にも温かく、そして柔らかい感触にエシュニーの脳は沸騰した。おまけにいい匂いすらするのだ。


(イケメンとは、体臭までイケメンだったのか……!)

「なっ、なにをっ、しているのですか!」

 ゾルナードもポカンとなる中、エシュニーは裏返った声で、それでもどうにか聖女の口調を保って詰問する。


 一方のトーリスは至って平然と、いつもの虚無じみた表情で淡白に言う。

「友だから、温めている。『持ちつ持たれつ』だ」

 どうやら最近、新しく覚えた言葉らしい。使いたかったのだろうか。

 先ほどとは違う理由で涙目になりながら、抱擁されっぱなしのエシュニーはギャランへ視線を飛ばす。

 しかし彼はニヤニヤと、腕を組んで成り行きを見守っていた。


(楽しんでんじゃないよ! 助けろよ! 貞操の危機だぞ!)

 ぐすん、と鼻を鳴らした彼女を、勘違いしたらしい。

「やっぱり寒いのか」

 そう言ったトーリスが、腕の中へ閉じ込めんとばかりに全身で抱きしめにかかる。


 女性信者の間で発足したらしい、トーリスのファンクラブの面々に見られたら殺されそうな光景であろう。

 ただ、彼女たちに殺されずとも、エシュニーは瀕死だった。羞恥心と謎の幸福感と、そしてもっと謎のいい匂いのせいで。


(他に人がいなくてよかった……そう思おう……)

 遠い目をしたエシュニーと、無表情なトーリスの公然いちゃいちゃを見せつけられたゾルナードは、ようやく己を取り戻して再度立ち上がった。

 そして何故か、腕まくりをした。鼻息も荒々しく、エシュニーたちへ詰め寄る。


「ならば私も友として、聖女様を温めたく!」

「友ぐらい、私に選ばせてください!」

 考えるより早く、そう口走っていた。

 ギャランが目を剥き、ゾルナードの全身が強張って固まった。トーリスは……平常運転の無感動である。


 そんな彼の腕を挟んで、ゾルナードとエシュニーは見つめ合う、否、にらみ合う。

「……私では、役不足だとおっしゃるのですか?」

 先ほどのねっとりしたささやき声とは真逆の、低く這うような権力者の声で、ゾルナードは問うた。

 エシュニーも抱きしめられたままではあるもの、首を伸ばして彼の視線を跳ね返す。


「あえて申し上げるならば、その通りでございます」

「どこがいけないと、おっしゃるのだ!」

「全て、全部、一切合切です!」

 びくり、とトーリスが体を跳ねさせるほどの大音声が、天井の高い聖堂に響き渡った。


 表情を見失ったゾルナードが、棒立ちになっている。

 「あーあ、やっちまった」と言いたげに、ギャランはその高い天井を見上げてため息をついた。

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