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9:聖女は贈り物に困る

 実のところ、聖女にとってこの手の問題は付きものだった。ストーカー問題は。

 気高く神聖で、穢れなき乙女である聖女──そして神々の好みゆえか、選ばれるのは皆、見目麗しい少女と来ている。

 熱狂を通り越した、狂信的信者が付いて回るのも、仕方がないと言えばそうなのかもしれない。


 そしてエシュニーの狂信者こそが、かのゾルナードであった。

 毎週末の礼拝には必ず参加し、そして談話の時間にも頻繁に現れている。

 親子ほどの年齢が離れたエシュニーへ、どうやら本気で恋をしているらしい男ヤモメを、彼女は持て余し気味であった。

 また町で有数の資産家でもあるため、かえって対応が難しいのだ。神殿も彼から、多額の寄付を受けている。


 そのため無下むげにもできず、今日も大量の貢ぎ物がエシュニーのもとへ届けられていた。

 生花や菓子などの生ものに始まり、人形や宝飾品、サイズの合わない靴や服、趣味でない恋愛小説などなど……その種類だけは豊富である。

 ただ残念ながら、全てエシュニーの心に響かない代物であった。彼女の為人ひととなりを知らずに寄越しているのだから、当然と言えば当然の結果であるが。


 エシュニーは途中で開封することすら放棄して、献上品の山の隣に身を伏せる。

 片付けなければ、応接室──ゾルナードからのプレゼントを、自室に入れたくなかったのだ──が使えないことは重々承知しているのだが、気が乗らない。

 すっかり飽きてしまったご様子の聖女を、丁寧にラッピングを剥がしているモリーが呆れ顔で見やる。


「お嬢様。床に寝転がるなんてはしたないですよぅ。それに、ローブが汚れてしまいます」

「そうは言いますが……なんだか疲れちゃったんですよ。このままもう、全てを忘れてしまいたい」

「飽きてしまった、の間違いでしょう。せめて生ものだけでも仕分けておかないと、後々大変なことになりますよぅ。この前みたいに、異臭騒ぎに発展しても知りませんからね」

「うっ……」


 そう。前回も大量の貢ぎ物の前に、戦意を喪失して放置した結果、タルトを腐らせてしまったのだ。あれは悪いことをした、タルトに。

「分かりましたよ……せめて贈り物がもっと、流行りの服なら嬉しいのですが……」

 つい、と自身の純白のローブをつまんで嘆息。

 これが聖女の基本衣装であるため、華美なドレスに着替えることなど出来ないのだが、それでも欲しいのが乙女心というものだ。


 あごの位置で切りそろえたブルネットを揺らして、困ったようにモリーが首を傾ける。

「お嬢様ぁ。そういうことは、よそで言わないでくださいね。そちらのローブは聖女様しか着られない、とても尊いものなのですから」

「分かっています。ですが、たまには違う服も着てみたいのです」

「まあ、そのお気持ちはよく分かりますが……」

 モリーが弱った顔で笑う。

 彼女も平時は侍女のお仕着せ衣装であるが、暇が出来ればお気に入りのワンピースを着て外出も出来る。


 しかしエシュニーを含めた聖女たちは皆、在任期間中はほぼ常時、面白味も色気もないローブ一本で勝負するしかないのだ。

 それこそ着替えることなど、帰省する時ぐらいしかない。

 洗い替え用の、大量のローブが並んだクローゼットを見つめて吐き気を催すのは、聖女なら誰もが一度は通る道である。


 二人にならってしゃがみこみ、今まで黙々とラッピングを破いていたトーリスが、ここでやおら立ち上がった。ちなみにギャランは、面倒事は後輩に任せると言い残して逃げている。卑怯者め。

 急に立ち上がったその後輩を、きょとん、とエシュニーが見上げた。


「トーリス、どうしました?」

「流行りの服にしろ、と言って来る」

「ゾルナードさんに? な、なぜ急にそうなるのですか」

「エシュニーは言ってはいけない、とモリーが言った」

 つまりエシュニーが言えないなら、自分が言えば万事問題なしという理論らしい。


 エシュニーは身を起こし、彼の祭服を掴む。モリーもそれにならって、今にも部屋を飛び出しかねない彼を引き留める。

「待って、トーリス君! そういう意味で言ったわけじゃないの!」

 モリーの声に、エシュニーもこくこくと同意。

「そうです、今のは他言無用の口外法度こうがいはっと、という意味なのです!」

 ぴたり、とトーリスの動きが止まる。

 そしてエシュニーを見下ろした。


「口外法度?」

「ええ。三人だけの秘密であり、誰にも言ってはいけません。オーケー?」

「オーケー」

 そう言ったトーリスは、自分の口を両手でおさえて数度うなずく。

(くそう、可愛い仕草しやがって。狙ってやってるだろう!)


 天然タラシのその挙動にエシュニーはうめき、モリーは頬を紅潮させてやに下がった。とうとう、よだれも垂れている。嫁入り前の侍女よ、それでいいのか。

 思わず彼に陥落しかけたエシュニーだったが、太ももをつねって理性を取り戻し、現実逃避しつつあった問題に向き直る。


「そろそろ、きちんとお断りを入れた方が、いいかもしれませんね」

 モリーも侍女の顔に戻り、よだれを拭って首肯。

「そうですねぇ。遠回しでは聞く耳を持っていただけないようですし……気乗りはしないでしょうが、はっきりおっしゃるべきかと思います」

「逆上されて、刺されたりしないといいのですが」

 つい、腹部を撫でてしまう。


 そういう事件については、風の噂で時折耳にしたことがある。

 好いた女性にすげなくされ、思慕を殺意に変えた男性が相手を刺殺……笑えない事件だ。

 小難しい顔でうつむいたエシュニーを、トーリスが覗き込んだ。

「その前に僕が無力化する」


 深紅の瞳は、どこまでもまっすぐだ。彼の顔にかかる前髪をかき上げてやりながら、エシュニーも気の抜けた様子で笑う。

「そういえばそうでした。ちゃんと守ってくださいね、トーリス」

「分かった、任せろ」

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