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7:聖女と魔剣が書庫でばったり

 分からないことが発生したからだろうか。

 トーリスは神殿での自由時間を使って、度々書庫を訪れるようになっていた。

 エシュニーがそれに気付いたのは、慰問いもんのないある日の午後だった。


 神殿の書庫は、参拝者が寄贈した本も所蔵されているため、雑多だが案外品ぞろえが豊富だった。もっとも続き物の場合、尻切れとんぼに終わっていたり、途中の巻が抜けていることも多々あり、モリーなどは一度

「続きが気になるんですぅ! ヒロインの妊娠が発覚して、ライバルが悪魔王に選ばれたのに、主人公が底なし沼に沈んで生死不明で終わったんですよ!」

と血走った眼で叫んだ挙句、書店をはしごして続刊を買い求めたことすらあった。一体彼女は、何を読んでいたのだろうか。


 ともかく娯楽の少ない神殿にとって、それぐらい書庫は貴重なのだ。

 ためにエシュニーも、久しぶりに日中の自由時間ができたのだから、と暇つぶしに最適な本を探しに薄暗い書庫を訪れ、

「あら、トーリス」

「エシュニー」

意外な人影に出くわしたのだ。


 トーリスの手には、一冊の小説があった。主人公の男性と、その親友との日常を描いた青春物語だ。

「読書の趣味ができたのですか?」

 ワクワクと、笑いかけながらそう問うと、すぐさま首を振られた。


「知るために、読んでいる」

「何をですか?」

「友達というものを」

「あら……そこまで悩ませていたとは……」

 友達宣言を撤回すべきだろうか、とエシュニーは額に細い指を当て低くうなる。


 懊悩する彼女に構わず、トーリスは首をかしげた。

「友情とは、無償の愛なのか」

 どうやら彼なりに友情を咀嚼そしゃくして、理解しようとしてくれているらしい。それはよい兆候であろう。

 気を持ち直してエシュニーは、トーリスが指し示す小説の一文を黙読した。

 それは主人公の親友が、自分と主人公との関係を、「家族でも恋人でもないが、困った時には誰よりも早く、真っ先に駆け付ける。それが相棒ってものだろう!」と断言している場面であった。かなりの熱血漢である。


「そうですね。損得を度外視どがいしした愛というか、親愛の感情ですね」

 むしろ冷血漢に属するであろう読み手に、そう伝える。すると彼は、心持ち身を乗り出してエシュニーへ肉薄した。

「エシュニーは、僕を愛しているのか?」

 美麗かつ純粋無垢な瞳でそう問われ、たちまちエシュニーは真っ赤になった。赤くなると、銀髪が際立つ。


「ピュアなツラしてなんて爆弾発言を……飛躍し過ぎです! 私を殺す気か!」

 つい、素に戻って怒ってしまった。

「違う、殺意はない」

 両手を上げ、トーリスはふるふる否定。


 再度額をおさえ、エシュニーがうめいた。

「いえ……それこそ違います。そういう意味ではなくて……もういいです。とにかく、その発想は少し飛んでいます。ぶっ飛んでいます」

「分かった」

 額から手を離し、ちろり、とエシュニーは真顔の彼を見る。


「でも、嫌っているわけでもありませんからね。愛でも殺意でもない、フラットかつ友好的関係。それが友情です」

「やはり難しい」

 エシュニーと手にした小説を交互に眺め、彼にしては歯切れ悪く、ぼそりと言った。

(分からないと、ご機嫌ななめになるんだ。可愛いところあるじゃない)

 少し母性本能がくすぐられたエシュニーは、本を持つ彼の手に触れた。

 人工皮膚の感触は、赤ん坊の肌のようにさらりと滑らかだ。


「じっくり読みたい本があるなら、部屋に持って帰っても構いませんよ」

「共有物なのに、いいのか?」

「読みたい方が他にいれば、あなたにお願いすればいいだけですから。もちろん、外で買うのも自由ですよ」

 何もない部屋は、死刑囚の独房のようで殺風景だ、とは言わずにとどめる。


「分かった──」

 いつものようにうなずこうとして、トーリスの動きが止まった。

 彼はパラパラと、小説のページをさかのぼって、ある箇所で止まった。

「『ありがとう』」

 次いで少したどたどしく、棒読みで礼を述べた。

 きょとん、とエシュニーは目をまたたく。


 少々呆気に取られている彼女を、トーリスは得意ぶるわけでもなく、静かに見つめる。

「ここに書いてあった。助けられたら礼を言うと」

「ええ、そうですね」

 子供でも知っている道理を知らなかったことを、少しほろ苦く思うと同時に。

 そのことを自ら学んだことは褒めるべきだろう、とエシュニーは笑う。


「よく読み込んでいますね、偉い偉い。もっと本を読んで、色んな方と交流を持って、多くのことを学んでくださいね」

「分かった」

「そうだ」

 ぽん、とエシュニーは手を一つ打った。

「今日はこれから、ギャランの奥さんが遊びに来るんです。一緒にご挨拶しましょう」


「ギャランは結婚していた?」

「ええ」

「それなのに、何故ここにいる?」

 結婚=同居という道理は知っているらしい。


 仕事のため、町に奥さんを住まわせて、こういう暇な時に戻っているんだよ、とエシュニーが伝えるより早く。

 何かを閃いたらしいトーリスが、またページを繰った。

「『家庭内別居』?」

「……ちょっとトーリス。その本、詳しく見せなさい」

 なんだかよからぬ知識をも蓄えそうな気がして、親の顔になったエシュニーが本を覗き込んだ。

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