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6:聖女のお友達申請

 エシュニーは聖女だ。

 だから日がな一日猫を被って、ダラダラ過ごしているわけではない。

 腐っても、ひねくれていても聖女なのだ。やるべきことは沢山ある。


 朝も早くから起き、簡素な朝食をさっさと済ませてすぐ、神官たちと一緒に聖堂で祈りを捧げる。

 毎週末には信者のために聖堂も開放され、在家の彼らと共に祈祷も行っている。


 ここライズ町は僻地であるものの、太陽神がかつて降臨した地でもあり、戦場でもあった。

 そのため現在も、戦争の傷跡は深く残っている。


 トーリスはエシュニーが膝をつき、祈りを捧げる様を、聖堂入り口から眺めていた。

 服装は隣のギャランとお揃いの、青い刺繍の祭服。図らずも服と同系色になった長髪は、一つに束ねている。


 なおこの長髪は、好き好んでというよりも必然で伸ばしているものらしい。

「魔剣の力を使う時、髪が長い方が安定するらしい」

とは、彼本人の弁だ。

 本人が「らしい」と言うのもどうかと思うが、言っているのはトーリスだ。つっこむだけ野暮であろう。


 そして祈りを終えたエシュニーには、工房でのお守り作りが待っている。

 太陽を模した、色とりどりのガラス細工に紐を通し、首飾り状のお守りにする。そこへエシュニーが、加護を与えるのだ。

 太陽神がもたらす、豊穣や恵み、生命の輝きが信者に宿るよう、一つ一つに真心を込めて。


 法力も使うため、この時ばかりはエシュニーも軽口一つ叩かない。ちょっとでも気を抜こうものなら、下手をすると炎上するのだ。文字通り、お守りが。

 最初にその事実を知った時、エシュニーも

「嘘だろ。太陽神冗談通じない。やだ怖い」

と怯えて震えたものだが、今では慣れたものだ。気は抜かず、しかし数をこなせるよう、ある程度は無意識の流れ作業に任せて、可愛らしいお守りへ加護を与える。


 それが終わると、ようやく昼食にありつける。

 神殿の工房を出て、別館へ向かう彼女の背後に立つトーリスがこう問うた。

「エシュニー。加護とはどういうものだ?」

 エシュニーは振り返って、少し歩調を落として彼の隣に並ぶ。

「太陽神の力の、お裾分けのお裾分けですね」

 慣れた調子で、つらつらと彼女は語る。この手の質問は聖女なら、耳にタコができるほど投げかけられるのだ。


「私の法力は、太陽神から授けられたものです。その力を少しずつお守りに込めることで、法力を使えない方もほんのわずかですが、太陽神の力を借りられるのです」

「力のまた貸しか」

 要点をまとめるのが上手いな、とエシュニーは笑う。

「ざっくばらんに言えば、その通りですね」


 別館での昼食は、夕食に負けず劣らずボリュームのあるものになっている。何故ならこの後、エシュニーの外回りが控えているからだ。

 また、機体の維持に必要なのか、そもそも本人の個性なのかは謎だが、トーリスは大食漢である。


 根っからの料理人で、暇さえあれば新作料理の考案に余念がないサルドは、彼の大食らいっぷりを大歓迎している節があった。本日も、どっさりパンを焼いて待ち構えていた。

「パンに塗るジャムも、色々作ってみました」

 糸目の柔和な顔が、どこか得意げであった。


 更にどん、と大盛りのスパゲッティも用意されている。ラディッシュが色鮮やかなサラダも同じく、てんこ盛りだ。

 大皿だらけの料理を、全員でどんどん平らげる。法力の使用はかなりの体力を持って行かれるため、エシュニーもローブの袖をまくり上げて、昼食との真剣勝負に臨む。


 そんな年甲斐もなくがっつく女主人を、モリーは呆れ顔で眺めている。

「お嬢様ぁ、ローブにこぼさないでくださいね?」

「こぼしませんよ。もったいない」

「違うでしょう、『品があるからこぼさない』でしょう」

 肩をすくめるモリーだったが、ソース一粒すらもったいない料理の、製作者であるサルドは満面の笑みである。


「夕食も頑張りますので、お嬢様もお務め頑張ってください」

「ありがとうございます。トーリス、あなたもしっかり食べなさいよ。昼からは歩き回りますからね」

 言われなくても取り皿に大量のスパゲッティを盛りつけているトーリスは、人形のような無の顔をかしげた。

「歩くとは、散歩か?」

「いいえ、慰問いもんですよ。今日は病院に行きます」


 サルド特製のイチジクのジャムをパンに塗りながら、そうそう、とギャランがうなずいた。

「現地までは自動馬車で行くが、気は抜けねぇぞ。なにせバカでかい、病院が目的地だからな。どこに不審者がいるか、分かったもんじゃねぇ。ちゃんと食って、体力回復させろよ」

 そして、がぶりとパンにかじりつく。

「分かった」

 先輩の言葉に素直にうなずき、トーリスもスパゲッティを頬張る。


 全力の昼食を終え、エシュニーと護衛の二人は自動馬車で出かける。窓ガラス越しに、エーテル機関の排出する紫煙が車体から流れるのを見ながら、街並みを眺める。

 途上、町の人から手を振られれば、笑顔で応じた。


 向かう先は隣町にある、この界隈で一番大きな病院だ。

 それでも壁面は一部が壊れたままで、建物にもあちこち修繕の箇所が痛々しく残っている。

「お待ちしておりました、聖女様」

「こちらこそ、お招きいただき光栄です」

 院長を筆頭に、医師や看護師勢ぞろいの出迎えを穏やかな笑顔で受け止めつつ、エシュニーは患者たちを見舞う。


 重症患者には、もちろん本人や家族の許可を得てからだが、法力を用いて癒すこともいとわない。生身の人間を相手にするので、お守り作り以上に繊細な技術が求められる場面だ。

 それを乗り切り、病院が呼んだ新聞社の要請に応じて写真も撮られて、ようやく聖女の務めが終了する──わけではなかった。


 夕食までの時間、聖堂にて、参拝者との談話にも時間を割くのだ。外回りがない時は、午後はもっぱらこの時間にあてられる。

 信心深いお年寄りが主な来訪者だが、親子連れや若者もそれなりに訪れる。


 子供を連れた若いお母さんや、妙齢の女性信者たちは現在、見知らぬ青い髪の美青年に目が釘付けであった。

「なんて綺麗なお顔……こちらの方は、太陽神の御使いの方でしょうか?」

 そんなうっとりした問いに、

「違う。エシュニーの護衛だ」

生真面目そのもの、といった様子でトーリスは答えていた。


 彼に注目が集まることが、エシュニーは少々面白くなかったものの、母親に連れて来られた子供がおずおずと、手作りの粘土細工をくれたので機嫌を直す。

「これ、聖女さまにあげる。ねこちゃん作ったの」

「まあ、ありがとうございます。お部屋に飾らせていただきますね」

「うん!」

 拙い部分はもちろん多々あるが、エシュニーへの真心がこもったプレゼントに、彼女は顔をほころばせて喜んだ。


 そうして、女性信者たちや、物足りなさそうな母親と満足げな子供を見送り、参拝者との談話も終了する。

 夕焼けに照らされて光っていた、聖堂のステンドグラスも今は薄暗い。

 これでようやく、夕食と自由時間を楽しめるのだ。


「ギャラン、トーリス。お疲れ様でした」

 木製の長いすから立ち上がり、エシュニーが二人をねぎらう。

「いやいや、お嬢もお疲れさん」

 ギャランが聖堂の扉を開けてやりながら、平常運転の激務を成し遂げた主をねぎらい返す。

 それをじっと、トーリスは眺めていた。


 聖堂を出て、廊下を歩く道すがらで、彼はようやく口を開いた。

「エシュニーはすごい」

「あら、何がですか?」

 褒められるのが大好きな、承認欲求の塊でもあるエシュニーはすでににやけ面だ。

「……お嬢、顔」

 ぼそりとギャランに指摘され、周囲を見渡し、慌てて取り繕う。


「それで、何がすごいのでしょうか?」

「ずっと笑っている」

 トーリスの指摘にすまし顔を苦笑に変えて、エシュニーは肩をすくめた。

「笑うのも仕事の内ですから。私たち聖女は……こう申し上げては少し語弊があるかもしれませんが、神殿にとっての客寄せ人形のような側面もありますので」

 後半は声をおさえ、彼の耳元でつぶやいた。


「そうなのか。僕も人形だと言われた」

「……誰に?」

 穏やかな話ではない。エシュニーもギャランも、眉をひそめる。

「戦中、同じ部隊の人に」

 図らずも、ヘヴィな話題を踏みぬいたのかもしれない、とエシュニーは後悔する。


(だって無表情だから、地雷が分からないんだよ!)

 どうしたものかと内心で頭を抱えつつ、彼の無表情をまじまじ眺め、

「そう、ね……言われれば、綺麗なお顔だから、お人形のようにも見えますね」

当たり障りなく、むしろ前向きな表現へと舵取りをする。


「綺麗? あれは褒め言葉だった?」

「そうかもしれませんね」

「そうだったのか」

 無表情だが無垢でもあるトーリスは、存外素直に彼女の説を受け入れた。

 ホッとした彼女は、ギャランへ目配せをして、その緑の瞳をじっと見る。

 長い付き合いゆえ、その意味を正確に捉えた彼は、別館へ先に戻った。


 渡り廊下の途中で立ち止まり、二人の会話は続く。

「でもね、トーリス。私はあなたを、ただの護衛でもなく、もちろん人形でもなく、友にしたいと考えています」

「とも?」

「そう、お友達です」

 それは一晩考えた彼女が、出した結論だった。

 外見上は年齢がさほど変わらぬ彼の、教育係をするのはやはり荷が重すぎる。


 かといってただの使用人のままでは、彼を導けるかも不安だ。

 それに何より、エシュニーが求めているのだ。対等な存在を。

 世俗とのしがらみがない魔剣であれば、立場を気にすることなく友人関係になれるのではないか、と彼女は考えていた。


「聖女になって以来、私もそんな関係性を求めることもなくなっていましたが。でも、私もあなたも、背負っているものが厄介ですから。似た者同士、よい友人関係になれると思うのです」

「そうか」

 伏し目になったトーリスは、ともだち、と口の中でもう一度その言葉を転がしている。


 ややあって、赤い瞳がエシュニーの紫の瞳をまっすぐ見つめる。

「分かった。僕は友達になる」

「ありがとうございます、トーリス」

 彼の賛同に、肩の力を抜いてエシュニーはホッと笑った。

(もし拒否されてたら、恥で死んでたかもしれない。上手くまとめて、よくやった私!)


 再度歩き出したところで、トーリスがエシュニーを呼んだ。

「それで、友とは何をする?」

「そうですねぇ……」

 エシュニーもぼっちになって五年経つ。かつての記憶をほじくりながら、無垢な問いへの答えを探した。

「一緒に冗談を言い合ったり、笑い合ったり、遊んだり、そんな関係でしょうか」

「ギャラン達とは、違うのか」

「少し、違いますね。気安く付き合っていますが、あくまで雇用関係にあるので」


「そうか。でも、僕も雇用されている?」

「それは……トーリスの場合は、軍からの派遣というかたちなので、その辺はまあ……その、よしなにお願いします」

 ごにょごにょごまかす彼女を、トーリスは無言で見つめた。


「よく分からないが、がんばってみる」

「あ、分からないこともあったんですね」

 口癖のように「分かった」と言うトーリスだが、「分からない」場合もあったのだと、場違いに感動した。

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