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5:聖女はバレちゃった

 空は朱色から藍色へと変わり、夜を迎えた。町の家々や神殿に、エーテルランプの淡い光が灯り始める。

 聖女と、そして使用人三人が揃う夕食の席で、改めて新参者のトーリスを紹介する。

 特に、初対面時に卒倒しっぱなしだったモリーには、ここで慣れてもらう必要があった。


 座席が一つ増えたことで、少し手狭になった食堂に集まった面々を見渡し、「さて」とエシュニーが口を開いた。

「今日から、新しい護衛のトーリスが増えました。ご存知の通り、彼は魔剣です。それゆえに、俗世のことには明るくありません。ここも俗世と少々切り離された空間ではありますが、彼が社会に帰属できるよう、支えてあげてください」

「お嬢様ったら、今夜は聖女っぽいですねぇ」

「モリー、うるさいですよ」

 他の神官やアリバスの目もないので、モリーも昼間より気安い。エシュニーも慣れた様子で彼女をにらむ。


 それを物珍しげに眺めているトーリスの肩に腕を回し、ギャランが強引に引き寄せた。緑の瞳は、楽しげに爛々らんらんとしている。

「ま、猫かぶりの聖女様の護衛はちと面倒だが。楽しくやろうぜ、兄弟!」

 彼のもう片方の手には、ジョッキが握られている。ビールがあれば、とりあえず平和なのがギャランなのだ。


「兄弟? あなたも魔剣なのか?」

 そう言って、トーリスは首をひねった。

「そういうわけじゃねぇ。このお嬢の護衛として、俺の方が先輩だ。だから俺が兄貴分で、お前が弟分ってこと」

「弟分、分かった」

 こくりとうなずいた彼へ、サルドがお手製である、チキンのワイン煮の入った皿を差し出す。


「どうぞ。お口に合えば幸いなのですが……それとも、やはり人肉などの方がよろしいでしょうか?」

 まだ根に持っているというか、疑問に思っていたらしい。

 頬杖をついてエシュニーはため息をつき、モリーに行儀が悪い、とその手を叩かれた。

 一方のトーリスは、じいっと静かにサルドを見つめている。なんなのだ、その間は。


「人は、まだ食べたことがないと思う」

「それは何より。今後も食べないでくださいね。美味しいご飯を、代わりにたっぷり作りますので」

「分かった」

 うなずくその横顔を、今までエシュニーをたしなめていたモリーが陶然と見つめる。

 心なしか、その頬はいつもよりツヤツヤしており、茶色の瞳も潤みっぱなしだ。美形で潤いを補給したというのか。


「はぁ……こんな美青年が来てくれるだなんて……なんという、目の保養! 思わぬ幸運! 筋肉だるまと糸目のオッサンと、可愛げなく育っちゃった主しかいない職場に、こんな麗しい天使が現れるなんて!」

 ギャランとエシュニーの顔が苛立ちで引きつり、サルドは糸目を見開いて狼狽うろたえた。


「悪かったな、筋肉だるまで」

「可愛げがなくてごめんなさいね」

「……すみません、オッサンに生まれてすみません……」

 ギャランとエシュニーは半ば自業自得であるものの、サルドに関しては完全に理不尽な言いがかりである。ために、ギャランたちはサルドの肩を叩いて、彼を励ました。


「泣くな、サルド! お前がオッサンなら、モリーだって数年後にゃオバサンだ!」

「そうです! 糸目でも、いいじゃないですか! 前が見えているのなら、それでよいのです!」

 しかし同僚から「目の保養にならない」とさげすまれていた事実がこたえたのか、糸目のオッサンはなおも落ち込む。


「いえ、慰めの言葉は結構です……若い頃から、いえ、生まれた頃から地味な容姿だったことは、重々承知しておりますので……」

「地味じゃねぇ! ちょっと精彩に欠けるだけだよ!」

「ちょっとモリー! サルドが泣いちゃったじゃないですか! よくあなた、ヘラヘラとご飯を食べていられますね!」

 ギャース!と、二人が吠える。モリーは気にせず、糸目のオッサン謹製の卵サラダを咀嚼。


「それとこれとは別ですしぃ」

「別じゃねぇよ! それもオッサンの副産物なんだぞ!」

「謝りなさい、オッサンに謝りなさ──」

 そこでようやく、エシュニーは我に返った。

 今、彼女と共にいるのは三人だけではなかった。

 いまいち正体のつかめぬ、新参者もいたのだ。三人のノリに全力で乗っかってしまったため、すっかりそのことを失念していた。


 聖女らしからぬ醜態をさらした彼女は、やはり聖女らしからぬ強張った顔で、おそるおそるトーリスを窺う。

 チキンのワイン煮を案外お行儀よく食べていたトーリスは、彼女の視線に気づいて顔を上げる。

「司令官が言っていた」

「……何を、おっしゃっていたのでしょうか?」

 浅い息で、問いかける。


「エシュニーたちはちょっと変わっていると」

 どうやらアリバスにも、裏というか素の顔を知られていたらしい。情報源はどこだろうか。彼女のパパだろうか。いや、パパにちがいない。パパめ、おのれ。

 が、それは問題ではない。

「あのオヤジ……」

 エシュニーは銀製のフォークを握りしめ、知らんぷりを決め込んでいた割にちゃっかりトーリスに垂れ込んでいた、アリバスのいかつい顔を思い出して歯噛みする。


 うなるような彼女の声を聞き、トーリスはまた首をかしげた。

「おやじ? 司令官が父なのか?」

 彼の勘違いに、モリーが噴き出す。

「違う、違う。あのねぇ、トーリス君。さっきのは年上の男性への、罵倒語としての『オヤジ』なの」

 妙に甘ったるい声が神経を逆なでするが、言っていることは間違っていない。妙に腹立たしいけれど。


 猫なで声にも全くなびかず、トーリスは無風のままだ。

「なるほど、分かった」

 そんな無表情にも、モリーは黄色い声を上げ、頭を撫でんばかりに喜ぶ。よだれを垂れ流すのも、時間の問題ではなかろうか、というとろけ具合だ。


「素直でいい子ー! いい子ついでに教えてあげる。お嬢様はこう見えて、なかなかじゃじゃ馬なのよねぇ」

「ちょっと、モリー──ぶえっ」

 エシュニーの抗弁は、口をふさがれて阻まれた。

 ちらりと彼女の方を見るも、トーリスは再びモリーへ向き直る。


「馬?」

「これは比喩表現ね。自由奔放で、好き勝手生きてるって意味。聖女なのにねぇ」

「そうか。じゃじゃ馬、了解した」

 モリーの腕から逃れ、今度こそエシュニーが怒鳴る。

「ちょっとモリー! 何を教えているのですか! そもそも、何バラしてくれちゃってるのです!」

「あら、今更じゃないですかぁ。それに護衛になるからには、先に知っておいた方が、何かと便利なわけですし」


 すまし顔の彼女に、木椅子へもたれかかったギャランが悪辣あくらつと笑う。

「ちがいねぇ。にしても一日でバレちまったな、お嬢。最短記録だな?」

「ですが、後々ガッカリされても、それはそれでトーリス君が可哀想ですしね」

 しんみり、サルドも同意する。


(好き放題言いやがって……クビは無理でも、減給にしてやろうか……)

 恨みのこもった視線で三人をねめつけつつ、エシュニーも開き直った。

 腕を組み、ふん、と鼻息を荒々しく吐き出す。その姿は聖女には程遠く、町一番の悪ガキといった風情がある。


「そうですよ、猫を被っていましたよ。変人で悪かったですね。じゃじゃ馬で悪かったですね。……がっかりしましたか?」

 次いでトーリスをにらむが、彼は首を横に振るのみ。

「変と聞いていたので、納得した」

「あ、そ」

 がっかりはされていないらしい。納得されたのも悔しいが、まだマシな方である。

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