「魔剣なんて呼ばれるぐらいだから、ゴツくてむさ苦しくて、なんか臭そうな連中に違いない。……臭いのは嫌だなぁ」
そう考えていたエシュニーは裏切られた。ある意味、いい形で。
アリバスとの会談から十日後、再び飛行船が神殿へとやって来たが、彼と共に降りて来たのは人形かと見まがう勢いの麗しい青年だった。
いや、たしかに人型兵器なので、広義では人形なのかもしれないが。それにしても、
「こんな美人顔、兵器に必要? 女性やゲイの男性に、ハニートラップでも仕掛けるのか?」
と首をかしげたくなる美しさだ。
自分の愛らしい顔を見飽きているエシュニーでも、目がチカチカしていた。顔合わせのためそばに控えているモリーなど、完全にうっとりと魅了されていた。
そんな熱い視線を送られても、無表情を崩さぬ兵器の肩を、アリバスが気安い様子で叩く。
「彼が魔剣のトーリスだ。よろしく頼むよ」
「トーリスだ」
彼の言葉を復唱するように、トーリスも口を開いた。これまた静かな、澄んだ湖のように魅力的な声だ。
「はうっ……」
「モリーさんっ?」
とうとう、モリーが卒倒してしまった。サルドが慌てて抱えているのを横目に見る。
規格外の美形ぶりも目を引くが、それ以上に目を引くものがあった。
そこでエシュニーは己の髪を撫でつつ、トーリスのそれに視線を向ける。
「髪と……それから瞳も、ずいぶんと風変わりなお色なのですね」
そう。肩まである、深い青色の長髪に、鮮やかな深紅の瞳の持ち主だったのだ。これで
エシュニーの指摘に、至って真剣な表情のアリバスが口を開く。
「一目で人型兵器と分かるよう、目立つ色味にする習慣があったのだよ」
「さようですか。ですが、市井に溶け込ませたいのであれば、せめて髪色だけでも、もう少し一般的な色に変えられた方がよろしいのでは?」
当然の疑問である。
が、アリバスは今思い至ったとばかりに驚愕の表情となった。おまけにわなわなと、後ずさってすらいる。
「なんと! ……しかし聖女殿のご意見、たしかにごもっともだ! うむ、帰り次第、貴族院にもそう進言してみよう」
(誰も気付かなかったのかよ! この国ポンコツか!)
「それがよろしいかと」
にこりと微笑んだ彼女へ、アリバスがトーリスの
曰く、稼働して六年経過しているものの、戦場しか知らないため感情面が非常に未熟だということ。
曰く、戦場では会話もあまり必要としなかったため、少々ぶっきらぼうな面もあるということ。
もっともこれはトーリス本人の特徴というよりも、魔剣全体が抱えている問題点でもあるらしい。
(問題点が、デカすぎやしませんか? そんな子の教育なんで、どうすればいいわけ?)
思わず冷や汗が、背中を伝うエシュニーだった。
「赤子のような面もあるが、生きていくうえで必要な行動は全て自分で行えるし、食事に関しても好き嫌いはない。のんびりと見守ってやっていただけるとありがたい」
食事に関する言及で、モリーを抱えたままのサルドがホッと安堵した。人を食いやしないかと、どうやらまだ心配していたらしい。心配性の彼らしい。
そして、トーリスを見下ろすアリバスの視線は温かだ。そういえば、「可愛い教え子のよう」と評していたか。
彼にとっては教え子よりもむしろ、我が子に近いのかもしれない。そう思えば、トーリスにも少しばかり親近感が湧いた。
またエシュニーとしても、さっきからずっと無表情なのが気になったものの、彼に凶暴性は感じられない。表情に乏しいのは感情面が未成熟なためと推察できたので、門前払いをするほどの嫌悪感や恐怖心はなかった。教育についての目途は、まだ立ってすらいないけれど。
だから今のところは、アリバスへ微笑みかけてうなずく。
「かしこまりました。どれだけやれるかは私にも分かりかねますが、彼が独り立ちできるよう、及ばずながら助力いたします」
「おお、ありがたい! よろしく頼む!」
破顔した彼は、トーリスの名を呼んだ。
「なんだ司令官」
そして、自身へ振り返った彼と目線を合わせるべくしゃがみこみ、
「ではトーリスよ。最後にもう一度確認だ。人は?」
「殺さない。相手が殺すつもりでも、無力化を優先する」
「その通りだ! よし、いいぞいいぞ!」
(いや、よくないよ! 不安しかないよ!)
エシュニーは喉元まで出かかったそれを、寸前でどうにか飲み込んだ。隣のギャランも、見上げれば若干青ざめている。
あれが後輩になるのだ。ご愁傷様である。
いや、あれが護衛になる自分もご愁傷様である、とエシュニーは遅れて気付いた。そして、ギャランと似たり寄ったりの葬式帰りのような面構えになる。
と、落ち込んで聞き逃すところであった。
エシュニーはめまいがしそうなトーリスの美貌を横目で見つつ、
「ところで司令官。トーリスさんはその……兵器らしからぬと申しますか、ずいぶんと見目麗しいお顔なのですね。何か、重要な意味がおありで?」
こう尋ねた。完全なる野次馬根性からの質問だ。
落としていた腰を持ち上げたアリバスは、何故か苦笑い。
「聖女殿とその従者たちよ。このことは、どうか他言無用に頼む」
「はい、かしこまりました」
エシュニーがうなずく。ギャランとサルドも、同様に首肯。モリーはまだ伸びたままなので、まあ、仕方がないとしよう。
「実は製作者側で、色々あったようでな」
「色々、ですか」
「ああ。
「はい?」
思わず目を剥いてしまったエシュニーたちだったが、内情を詳しく聞くと口もあんぐりと開ける羽目になった。
終わりの見えない魔剣製造に心折れ、飽きてしまった製作者たちは、芸術面に凝ることでモチベーションを維持したのだという。
そのためわざわざ、女性エーテル技師や事務員を集めて「私たちが考える、最強の色男」祭を開催し、そこで決まった容姿を魔剣にあてがったのだそうだ。
頭が痛くなるような裏話であるが、製作陣も製作陣で、その頃は色々と疲れて病んでいたのだろう。なにせ、予断を許さぬ戦中だ。
「そう、でしたか……魔剣を作られた皆さまの心中、お察し申し上げます」
「うむ、すまない」
しおらしい表情を作りつつも、エシュニーは胸中でガッツポーズと喝采をあげていた。
(容姿については製作者の皆さま、大いにグッジョブ! ありがとう、色男祭!)
そもそも、言い聞かせないと「絶対殺すマン」を押し付けられた身の上だ。少々の眼福を求めたって、太陽神も罰さないはずである。たぶん。