エシュニーにはギャラン以外に、二人の使用人がついている。
侍女のモリーと、料理人のサルドだ。
彼ら四人と共に、エシュニーはこの別館で寝起きをしている。断っておくが、もちろん部屋は別だ。そこまで開けっぴろげではない。
ただし、夕食の席は同じだった。
別館での生活が許容されているとはいえ、住んでいるのは神殿の敷地。食事の時間も消灯の時間も厳格に定められているため、無駄を排した結果こうなっていた。
その夕食の席で、エシュニーは使用人たちからつるし上げに遭っていた。
「お嬢様……どういうおつもりなのですか……はぁ……」
口火を切ったのはモリーである。栗色の髪がよく似合う、素朴な町娘顔を仏頂面に変えて、じっとりと主を見据えている。
「魔剣の教育係なんて……襲われたらどうするつもりです?」
「うぐっ……そのことは、私だって不安に思っていますよ……」
「だったらなおさらですぅ。お断りいたしましょうよ」
ばっさり言い切る彼女に、ビール片手のギャランが手を振った。
「無駄無駄。お嬢のやつ、思い切り猫被ってやがったから。あんだけ大見得切っちまったら、今さら断れるわけねぇよ」
「まー! そうやって、すぐ安請け合いするんだからぁ!」
沸騰するモリーを、黒髪に糸目のサルドがなだめる。大きな体を丸め、彼女の背中を控えめに撫でた。
「まあまあ……お嬢様がお人好しなのは、長所でもありますから」
「でもサルドさん。今は完全に裏目に出てますよぅ?」
「それも……そうですね……」
が、援軍は弱かった。
(もっと粘れよ、サルド!)
と、エシュニーはうなだれたまま考える。
「ま、俺は賛成だぜ」
一気にあおってジョッキを空にしたギャランが、一同を見回してにやり、と笑う。
どう見ても山賊の類にしか見えないのに、これで男爵の地位にいるのだから、世界って不思議がいっぱいだ。
「魔剣だろうがなんだろうが、後輩ができるわけだからな。正直、お嬢の護衛にゃダース単位で人手が欲しいと思ってたんでな」
しかしこの言い草は無視できない。む、とエシュニーは唇をとがらせる。
「今はそこまで、暴れていないではないですか」
聖女に選ばれる前は、たしかに町一番の暴れん坊お嬢様だった自覚はあるが。
抗議する彼女の方へ身を乗り出し、ギャランがその白い額を軽く弾く。
「
「あてっ」
ぺしり、といい音がした。
「ギャランさん。これでもお嬢様は聖女なんですから、もうちょっと加減してあげてくださいよ」
「へい」
そしてエシュニーを擁護するモリーも雑である。
「お前ら、クビにしてやろうか……」
思わずうめいたエシュニーの銀髪をかき回すように、ギャランが豪快に撫でる。
「おーおー、できるものならしてみろ。代わりに神殿が見知らぬオッサンどもを寄越してくれるはずだ。果たして、人見知りのお嬢に耐えられるか?」
「ぐっ……ギャランなんて嫌いです! ビール腹になってしまえ!」
「なれたらな。あいにく、お嬢のお守りのおかげでダイエットも成功したぜ」
「きーっ!」
とうとう奇声を上げた聖女の頭を、今度はモリーが優しく撫でる。明らかに、可哀想なものを見る目で。
「ほんと、見た目だけは聖女なんですけどねぇ……」
三人のふざけたやりとりを微笑ましげに眺めていたサルドが、ここでハッと口を押えた。
「お嬢様。魔剣ですが……燃料というか食料は、何を食べられるのでしょうか?」
実に料理人らしい懸念だ。我に返ったエシュニーが、くるりと彼へ向き直る。
「司令官によれば、その辺りは人間と変わりない、とのことですよ」
「人肉……などは食べられないですよね……?」
「人間と変わりないのですから、そこは大丈夫でしょう。心配しなくても、サルドの料理はおいしいですよ。きっと魔剣も気に入るはずです」
「恐縮でございます。魔剣殿のお口にも、合うと嬉しいですね」
偉丈夫らしからぬ、控えめな微笑みを見せるサルドに、エシュニーも二ッと笑い返す。
話は右往左往しているが、護衛と料理人は魔剣の引き取りに賛成ということらしい。
残る一人であるモリーを見ると、わざとらしくため息をつかれた。肩も大袈裟に落ちる。
「どうせわたしが反対したところで、意味ないですよね」
「そんなことありません。モリーがどうしても怖いのなら、司令官への『ごめんなさい』も躊躇しません」
「ご主人様にそんな真似、させられませんよぅ。こう見えて、忠義者なんですから」
再度息を吐き、モリーは姿勢を伸ばした。
「それに、魔剣がいなければ戦争だってもっと長引いたはずです。戦争の功労者をねぎらうのは、聖女として、そしてそれに仕える者として当然です!」
「まあ、モリーが急に偉くなりましたね」
「なんだ。熱でも出したか」
わざとらしく彼女を煽るエシュニーとギャランへ、噛みつかんばかりのモリーがにらみをきかせた。
またひと悶着ありそうな三人を、サルドが穏やかな声でたしなめる。
「まあまあ。それでは、我々三人も異存はなし、ということですね」
「ですね」
「だな」
うなずき合う使用人トリオに、エシュニーが肩をすくめた。
「もっとごねてくれても、よかったのですよ?」
「軍のお偉いさんとうちのお嬢様が揉めるきっかけ、作れるわけないじゃないですか」
「……たしかに、それもそうですね」
モリーのもっともな指摘に、エシュニーも降参、と手を挙げた。
もともとは、自分の安請け合いが原因だ。
そして神官長たちも、「国からの要請であれば」と渋々ながらもこの件に賛同してくれていた。
諦めて魔剣を引き取るか、と腹をくくる。そしてちらり、とギャランを見た。
(どうせ古株の護衛も、見ての通り山賊風なんだし。むさ苦しいのが一人……いや、一体? ううん、どっちにしろ増えたところで、問題ないない。私の愛らしさが引き立つと考えよう)
軽口は多いが忠実な護衛をけちょんけちょんにけなしつつ、自画自賛しつつ、そんな風に勇気づけた。
しかし顔に出ていたらしく、
「お嬢様が、またよからぬことを考えてる……」
「これ以上の厄介事は止めてくれよ?」
「魔剣全員を引き取るなど、おっしゃらないでくださいね」
三人が不景気な顔で、そう進言した。