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それはどちらも、愛ゆえに⑥

(……まだ寝てるみたいね)

 雪人さんの様子を確認した後で、一旦自分の机へと向かう。たくさんの想いの結晶たちを一纏めに置いて、腕の中を空にした。

 改めて彼に近づき、その隣に腰を下ろす。じいっと寝顔を見つめてみたが起きる気配がなかったので、彼の肩に掛けたブランケットを少しだけ捲って入り込んだ。ぴったりとくっついて、嬉しいような恥ずかしいような、でもほっとしたような……そんな様々な気持ちになる。

「……ん?」

「雪人さん」

「ん……えっ、春妃?」

「はい」

「えっ、あ……ええと、その」

「何ですか?」

「……その、起きて大丈夫?」

「はい。さっきまでぐっすり寝ていたので」

「そうか……」

 ぱちぱちと目を瞬かせている様子が可愛らしい。声が少しだけ舌足らずなのは、寝起きだからだろうか。

「雪人さんはまだ眠いです?」

「いや……何というか……状況に追いつけてない……春妃と同じブランケットに入ってるとか幻覚を見てるのかな……」

「私が貴方を好きなのは、記憶が戻ってない時から知ってたでしょう?」

「それはそうだけど……でも……俺は」

 彼が動いたので、ブランケットが捲れて私の体が外に出てしまった。寒かったので更に雪人さんにくっついたら、言葉になっていない声が漏れてくる。

「……怒ったりとか、怖かったりとか、そういうのはないの?」

「貴方に対して?」

「うん。だった、俺は、春妃を眠らせて勝手に自分の部屋に連れて行ったし、その……苦しい思いもさせたでしょ」

「……やり方は手荒だったと思いますし怖いとは思ったので、そこは謝ってほしいですけど。でも、裏切られたとか、そういうのは思ってないです」

「そ、そうなの?」

「どっちもどっちだったと思うから」

 彼がそんな行動に出たのは、私があの日々を忘れてしまったから。忘れてしまったのは、忘れるような薬を飲んだから。そもそもの原因を考えれば、彼一人のみを責められる訳がない。

「いや……春妃は何も悪くないよ」

「無関係ではありませんから」

「そりゃ無関係ではないけど……」

「だからお互い様なの。そう思う事で両成敗、お互い反省して解決ってするのが一番平和的だと思いますけど」

 敢えて感情を乗せずに、淡々と告げていく。今回の出来事で、誰が悪いとか誰が被害者だとか、そういうのを考えるのは不毛だろうと思う。誰だって被害者で、誰だって加害者だったのだ。そもそもの諸悪の根源は例の研究所で、私たちには全く関係が無いのだし。

「そうか……うん。怖い思いをさせてしまってごめんね」

「良いですよ。私も、ごめんなさい」

「うん……春妃は凄いね」

「そうですか?」

「凄いよ。普通、そんな簡単に割り切れるものじゃないでしょ」

「……だって、あんなもの貰っちゃ絆されるに決まってるわ」

 思い出すだけで頬が熱くなってきたので、彼の肩へと額を押し付ける。不思議そうな声で何をあげたっけって言っている雪人さんに、机の上の方を見るよう言って場所を指さした。

「十年間、ずっと。毎月送って下さってたんでしょう?」

「……え!? 嘘!? 取ってあったの!?」

「毎月月末に来てたからって言って、父さんが母さんから貰ったっていう缶の中に保管してくれてたみたいです。あの日父さんが雪人さんのアパートに来られたのも、あの手紙の住所を辿ったからって言ってました」

「ちょっと待って……ええ、捨てられてると思ってたのに」

「……そう思ってたのに、毎月送って下さったの?」

「うん……万一億一、捨てられる前に春妃が受け取ってくれていたら、状況が変わるかもしれないって思ったから」

「ふぅん……」

 そんな博打みたいな事を思って、彼はずっと送り続けてくれていたのか。毎月となると相当な負担だったと思うのに、それでも、そんな一縷の望みを掛けて、ずっと私の事を考えて手紙を……。

「……んふふ」

「あのさ、もう再会出来たからあれ全部回収して闇に葬って良い? 十年前のとか特に恥ずかしい通り越して黒歴史になりかねないんだけど」

「何馬鹿な事言ってるんです? もう私のものだから一通も返しませんよ。毎晩一通ずつ読むの……楽しみ」

 彼が立ち上がろうとする気配がしたので、がっしりと抱き着いて動きを封じた。今回ばかりは抵抗されたけれども、軍配はこちらに上がる。

「せめて俺のいないとこで読んでね……」

「はい」

「あの、それと、さ」

「何でしょう?」

「……もう俺たち恋人って事で良い?」

 しがみついていた私を抱き直して、額同士を合わせられながら。彼の甘やかな言葉が私の耳をくすぐっていく。

「一つだけ条件があります」

「何?」

「……もう、あんな無茶は二度としないで下さいね」

「勿論約束する。俺が無茶しないように、春妃も自分を大事にしてね」

「分かりました。無茶しなきゃならない時は連絡入れます」

「連絡すれば良いってものでもないよ!?」

「でも、テスト前とかは踏ん張り時だし」

「……ほどほどにね」

「はい。あと」

「今度は何かな」

 げんなりとしたような表情を浮かべている彼の手を、おもむろにぎゅっと握る。互い違いに指を組んで手を握ると、彼の方も握り返してくれた。

「……私の事、ずっと忘れずに愛してくれてありがとうございました」

 手を握ったまま、見下ろしてくる彼の瞳を見つめながらそう告げる。嬉しそうにはにかんでくれた雪人さんの顔が近づいてきたので、逆らう事無く瞳を閉じた。

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