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歯車が回り出した②

『午後十六時に家に着くように帰ってくる』

『父さんからのメールには十五分以内に返信をする』

 この二つを条件に、父さんから外出の許可が出た。夕方四時なんて小学生じゃないんだから……とは思ったが、元々は一歩も出るなだったので、それを考えたらかなりの譲歩だろう。

「それじゃ、行ってきます」

「ああ。きちんと定刻までに帰ってくるんだぞ」

「分かってるわ。それなら、夜はケーキでお祝いしましょ」

「……ケーキは昼間に食べるんじゃないのか?」

 当たり前のように言った私の言葉に、父さんは眉を寄せた。一つ食べれば十分だろうと言いたいのだろうが、そんな訳ないだろう。

「それはそれ、これはこれよ。あんみつ堂のケーキを夜に食べるの、毎年の楽しみなの」

「……そうか。それなら、買っておくから」

「ありがとう」

 同じ町内にある、私が生まれた時からある洋菓子店あんみつ堂。小さい頃に、どうして洋菓子店なのに店の名前は和菓子なのかと尋ねた事があるが、いずれはどちらのお菓子も置いて洋和菓子店にするという夢があるからだと教えてくれた。最近、生クリーム入りのどらやきが販売され始めていたから、店長は順調に夢を叶えていっているようだ。

 少しだけ風は冷たいが、空は綺麗に晴れてくれた。弾むような足取り、とは今の自分みたいな歩き方を言うのだろう。普段ならそうそうしないスキップを無意識にしているくらいには、浮かれていた。

 最寄駅から電車に乗り、今日の目的地がある駅へと向かう。改札を出たところで夏葉と会えたので、二人で待ち合わせの場所に向かった。

「……春妃、今日はシンプルなワンピースなんだね」

「うん。大人っぽい感じというか、お姉さんって感じを目指してみた」

「ほーん……そうか、そう言えば雪人さんは大学生だったわね」

「……そうよ。何? 呆れてる?」

「まさか。恋って凄いな、とは思ったけど」

「……そうね。それは、ほんとそう」

 私が好きになった人は、五歳年上の大学三年生。どうしたって年の差は埋められないけど、見た目の雰囲気くらいは縮められないかと思って、普段は読まないようなファッション雑誌を何冊も読んで研究したのだ。

「褒めてもらえるといいね」

 人好きのする笑顔で言ってくれた夏葉に、お礼を告げる。朗らかなこの親友に、何度救われたか分からない。

 そんなこんなで二人話しながら向かっていると、待ち合わせ場所に佇む人影を発見した。茶色がかった、外に跳ねた短髪。すらっと背の高い立ち姿……間違いない、彼だ。

「雪人さん!」

 少し離れたところから呼びかけたけれど、雪人さんはこちらに気づいてくれた。彼は眺めていたスマホを上着のポケットに仕舞い、私と夏葉の方へと視線を向ける。

「こんにちは」

「うん、こんにちは……ああ、隣の方が、春妃が言ってた」

「はい。初めまして、晴野夏葉です」

「こちらこそ初めまして。僕は相沢雪人、大学生です」

「存じてます。確か、県内の大学の工学部だって」

「その通りだよ……春妃から?」

「ええ。最近の春妃は貴方の話ばかりするから、すっかり覚えちゃって」

「夏葉!」

 思わぬ暴露に赤面して、制するように名前を呼んだ。呼ばれた夏葉は、けろっとした顔でこちらを見ている。

「そういうのは言わなくていいから!」

「だって事実だし」

「じっ……事実でも! 伝えなきゃいけないなんて法律はないのよ!」

 必死に言い募っていると、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。恐る恐る横を振り向くと、そこにいたのは口元に手を当てながら笑みを零している雪人さん。

「ええと、あの、違うんです! い、いや、間違いではないんですけど、あの」

「大丈夫だよ、少し落ち着こう?」

「え? え?」

「ほら、深呼吸深呼吸」

 完全に脳内が茹だって冷静さを欠いた私に、雪人さんの言葉が染みてくる。とりあえず言われた通りにしようと思って深い呼吸をすると、少しだけほてりが収まってきた。

「落ち着いた?」

「……少しは」

「少しでも冷めたなら上々さ。何、二人は仲が良いんだな、と思って微笑ましくてね」

「まぁ、小学校からの付き合いなので……」

 小学校に入学して同じクラスになって、何かのペア決めでペアになったのがきっかけだったと記憶している。けど、もう、細部はだいぶ忘れてしまった。夏葉も似たような事を言っていたので、本当に何気ないきっかけだったという事なのだろう。

「長く続く友情って凄いよね。僕は、もう、小学校や中学校の頃の友人とはほとんど連絡取ってないや」

 どこか遠くを見つめながら、雪人さんが事も無げに言った。その表情がどことなく寂しそうに見えて、ぎゅっと胸を掴まれたような心地になる。

「そろそろ出発しない?あまり時間もないし」

「あっ……そっか、そうだね。雪人さんもそれで宜しいですか?」

「僕も大丈夫だよ」

 せっかくの機会なのだから、時間を浪費するのは勿体ない。まずはしっかりと腹ごしらえをして、今日のメインを楽しまないと。

「それじゃあまずは、お昼食べましょう!」

「予約しててくれたんだよね。どんな店だっけ?」

「ええとですね、学生でも行きやすいような、カジュアルなフレンチのお店で……」

 説明をしながら、二人を誘導していく。一緒にご飯を食べて、お出かけして。今からもう楽しみで仕方がなかった。

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