まさかの事実に私は目を丸くした。なんと、公爵令嬢様は実は男性だったと言うではないか。
事の始まりは、顔のそっくりな姉が婚約者に任命された時にあったそうなのだが……。
「これは内緒なんだけど、姉には不思議な力があってね?少しだけ未来がわかるというか……そんなにはっきりしたものではないんだけど、予言の能力があるんだ。
殿下との婚約が決まると姉はその未来を予言してこう言ったんだよ」
それはそれは心底嫌そうな顔で言ったのだとか。
“この王子、阿呆ですわ。このまま婚約していたら絶対に浮気された上にめちゃくちゃな理由で断罪されてからの婚約破棄をされて、冤罪のはずなのになぜか国外追放されますわ。このままでは冤罪を晴らすのに苦労する未来が……わたくしこんなめんどくさい未来嫌ですわぁ!”と。
「まさかそんなにはっきりと不吉な未来が見えるなんて思わなくて、だったら見た目もそっくりな僕が身代わりに学園に入って王子の動向を探ればいいって事になったんだ。僕は元々騎士になるつもりでこの貴族学園ではなく騎士の学校に入る予定だったから、誰も僕を弟だとは思わないだろうって姉に言われてね。それでも声質とか骨格とか……微妙な変化で気付かれる可能性もあるから渋っていたら、まさか異国から希少な魔法道具まで仕入れてくるなんて思わなくて根負けして身代わりをやることになったんだ」
ちょっぴり複雑そうな顔で自身の髪を摘まみ「姉の趣味で伸ばさせられていた髪も役に立ったよ」と呟いた。
「異国って……妖精の生き残りがいるって噂のですか?」
「そう。正しくは妖精の血が混じった人間がいて、その人達は好奇心旺盛で発明好きでね。僕らでは解析不可能な不思議な道具を作っているんだよ。その道具達は通称“魔法道具”と呼ばれているんだけど、どんなにお金を積んでも売らないし気に入らないと壊しちゃうし……とにかく気まぐれでその道具達はほとんど流通していないんだ。全く、これもどうやって手に入れたのやら」
そう言って見せてくれたのは小さな宝石のついた銀色のネックレスだった。原理はわからないが、これを身に着けていると性別がバレないようになる……らしい。公爵令嬢様に聞いても「ひ・み・つ♡」と誤魔化されたのだとか。
「じゃあ、入学してからずっと私を指導してきてくれたのは、公爵令嬢様ではなくてあなただったんですね……」
「うん、騙しててごめんね。最初は王子の周りにいる女生徒達を探るために近づいたんだ────でも、途中からは君と一緒にいるのが楽しくなって来ちゃって……」
「え?」
よく聞き取れずに首を傾げると「なんでもないよ」とにっこりと微笑む
「実は、騎士の学校の方は試験だけ受けて合格してから休学しているんだ。あの王子をなんとかしてから復学するつもりだったんだけど、思ったより早く片付いてよかったよ」
ちなみにあの阿呆王子は色んな令嬢と浮気三昧だったようだ。さらには汚職にも手を出していてかなり怪しいこともやっていたらしい。やっとその証拠が揃った時に王子が怪しい動きをしていると知りあの場に来たのだとか。
「あの王子はなぜ私を選んだんでしょうか……。挨拶くらいしかしたことなかったんですけど」
「あぁ、それなら……。いつも自分を潤んだ熱い目で見てきていたからきっと自分を愛しているに決まってる。なんて可愛らしい令嬢なんだ!って、いつの間にかあの阿呆の頭の中では真実の愛で結ばれた相手になっていたようだよ。あと、男爵令嬢だから王子に見初められたと知ったら尻尾を振って喜ぶに決まってる、みたいなことも言ってたかなぁ。たぶん、自分の意のままになってくれる相手が欲しかったみたいだね」
「きもちわるぅっ!」
あの時の王子の顔を思い出して、思わず叫ぶくらい背筋がゾワッとした。
「うん、ほんとに。ずっと自分はあの女に騙されたから悪く無いって叫んでいたよ。君に唆されたんだって」
「私に罪を擦り付けようとしてるんですか?!そんなことしてません!」
「わかってるよ。まともに話したのだって今日が初めてでしょう?」
「はい。突然呼び出されたんです。さすがに第1王子の呼び出しを断るわけにもいかず、仕方なく行ったらあんなことに……」
今さら王子に手を握り締められていたことがとても怖くなった。もしもあの場に
「怖かったね、もう大丈夫だよ」
すると、まるで上書きするように
そうして私は第1王子の恐怖から逃れ、平穏な学園生活に戻れたのだった。
数ヶ月後。
第1王子と公爵令嬢様の婚約は白紙に戻された。
第1王子は国王陛下にこっぴどく怒られ城に軟禁状態で再教育を施されることになったのだが、悪行を重ねたあの王子が素直に改心するはずもなくそのうち廃嫡されるだろうともっぱらの噂だ。なんでも従兄弟を養子に迎える準備をしているのだとか。
そして学園に復帰された
あれから
けれど、ある日そんな憂いは消えてしまうことになる。
公爵令嬢様と同じ顔で、髪を短く切り騎士学生の制服に身を包んだ彼が目の前に現れたのだ。
「僕は必ず立派な騎士になってみせます。そうしたら、あなたに婚約を申し込むことを許して下さいますか?」
少しだけ背が伸びた彼が、私の手をとり唇を落とした。
「わたくしには、素敵な未来が見えましてよ?」と、公爵令嬢様が微笑んだ。
終わり