「あの女を断罪して婚約破棄してやると決めたよ!そして君を新たな婚約者にしてみせる!」
「お、王子殿下……」
薔薇の咲く庭園で、私の手を握り締めてこの国の第1王子が目を輝かせてそんな爆弾発言を投下した。
驚きのあまり言葉を失ってしまった私を見て、第1王子は「そんなに感動してくれるなんて、なんて可愛いんだ」と、満足気に微笑んだのだが……。
こいつは、なにを言っているんだ……?
私は一瞬その言葉の意味が理解できずに言葉を失ってしまっただけだった。
あの女って、やっぱり公爵令嬢様のことよね?「学園での淑女の鑑」とか、「美しすぎる白薔薇姫」と謳われる公爵令嬢様の事で間違いないですよね?!
絹糸のようなさらさらのホワイトプラチナの髪と琥珀色の瞳が神秘的で見た目も神々しく、さらには下位貴族どころか平民にすらも差別することなくとっても優しく接してくれると噂の女神の化身と囁かれている公爵令嬢様のことですよね?!
そんな公爵令嬢様を「あの女」呼ばわりするこの男にほんのりと殺意が芽生えてしまいそうになった。
ちなみに私はというと、元平民で商売で一発当てて男爵位を買ったと言うたかだか
ふつーの茶髪の髪に、ふつーの茶色の瞳。ほんとにふつーのただの男爵令嬢だ。確かに平民の頃は可愛らしいと持て囃されていたけど、はっきり言ってこのお貴族様の学園に入ってそんな自信はとっくにへし折れている。バッキバキですよ、これほんと。
だって公爵令嬢様が美しすぎる……!初めてお目にかかった時は「え?まさにあれって絵画から抜け出てきたんじゃ……?天使かな?」って本気で思ったし。
あぁ、美のイデアよ!魂のプシュケよ!本物の美の結晶が今ここに────!
眼福すぎて崇めましたよ。いやほんとに。もうマジで。
そして、成金の娘で平民上がりの私にもめちゃくちゃ優しい。とにかく優しい。
当初、貴族のルールやマナーなんてほとんど知らない状態で突然貴族社会に放り込まれた私は、右も左もわからないままあっちこっちでマナー違反を繰り返していた。そんな私を偏見の目で見る人達もいたのに、公爵令嬢様はその度に根気強く正しい振る舞い方を教えてくれたのだ。
それは時に優しく、時に厳しく。公爵令嬢様がそうやってみんなの前で私を叱ってくれたおかげで他の令嬢たちに嫌味を言われることもだんだんと少なくなり、逆に応援されるようになっていった。
そう、いつか公爵令嬢様に認められる立派な淑女になれと!
確かにキツイと感じる時もあったが、それもこれも令嬢たちの間で浮いた存在である私が孤立しないようにとわざと叱咤してくれているとわかっているので感謝感激雨霰しかない。私は公爵令嬢様を心から尊敬しているのだ。まぁ、ちょっと私が構われすぎではと、公爵令嬢様ファンクラブの会員から嫉妬されているみたいだけど。これも公爵令嬢様の人気が凄い事の証拠だろう。
そんな完璧令嬢の婚約者であるのがこの第1王子だ。金髪碧眼のイケメンで、公爵令嬢様と並べば見た目だけは確かにお似合いである。この王子の長所なんて、それこそ公爵令嬢様の美しさをより際立たせる事にだけ役立っている点しかないのだ。
なにせこの男、中身はすっとこどっこいな阿呆だった。
完璧なのは本当に見た目だけで、学園での成績は下から数えた方が早いし剣術は一応出来るが馬に乗るのが苦手ときたもんだ。馬にも嫌われてるみたいで背中に乗せてもらえず振り落とされたとかなんとか。それを聞いた時、動物にもやっぱりわかるんだなぁ、と思ったっけ。
ちなみに公爵令嬢様の成績は恒にトップクラスだし、なんなら馬術はもちろんフェンシングだって素晴らしい身のこなしである。馬の懐き方がこれまた凄くて、学園内の馬達が公爵令嬢様にひれ伏す姿を見た時は「やはり神か」と思わず呟いたものだ。
幼い頃からの英才教育の結果を見事に開花させ使いこなしている、まさに完璧令嬢!そんな見た目も中身も完璧な公爵令嬢様なら未来の国母にふさわしい!とみんなが絶賛するほどだ。
幼少期よりその片鱗を見せていた公爵令嬢様は国王に目をつけら……見初められ、学園の入学と共に王命で第1王子の婚約者に任命された。
その公爵令嬢様を断罪するとは何様のつもりなのか!しかも婚約破棄だと……?!
そういえば、こいつそのあと何て言った?
────代わりに私と婚約するだとぉぉぉ?!
やっと思考が追い付いた途端、ブワッと嫌な汗が全身から吹き出してくる。さっきから握られたまま離してもらえない手をなんとか引っこ抜こうとするがなぜか手の甲を撫で回されて鳥肌まで立ってきてしまう始末だ。
「お、王子様、ご冗談はやめてください……」
引き攣る顔を下にしてうつむき、思わず殴りそうになるのを必死に抑えて震える声を絞り出すしかなかった。こんな阿呆でも一応王子だし、暴力沙汰はよろしくない。
「冗談なんかじゃないさ!もう我慢しなくていいんだ…… 俺には全てわかっているんだよ。
あいつは公爵令嬢であることと俺の婚約者だという立場を使って君をイジメていたんたろう?あの女は、まるで物語に出て来る悪役令嬢のような悪女だったんだ!」
イジメ?!公爵令嬢様が私を?!いつ?どこで?地球が何回まわった日だよ~?!
「ど、どこにそんな証拠が……」
「ふふ、今まで巧妙に隠されていたようだがなんと証人がいるんだ。伯爵令嬢と子爵令嬢が勇気を持って証言してくれたよ」
あいつらぁ!なにでっち上げてんだよ!
はっ!そういやそのふたりは公爵令嬢様の熱烈なファンでファンクラブ会員番号は一桁だったはず……いつも公爵令嬢様になにかとかまわれている私に嫉妬している様子は確かにあったが、まさかこんな事をしでかすなんて……。
嵌められた!!これは罠だ!
この阿呆を利用して私を学園から抹殺するために禁断の悪手に手を出すとは……!今頃ふたりして高笑いしながら優雅に紅茶でも飲んでやがるんだぁ!!ちくしょう!
「お、落ち着いて下さい。私はそんなことされていません……!それに、公爵令嬢様はそんな事をする方では……」
「君は自分が男爵令嬢だから、あの女に遠慮してそんな事を言っているんだね?でも、もう我慢しなくていいんだ!俺と君で真実の愛の素晴らしさをあの女に見せつけてやろう!」
すっかり自己陶酔している第1王子は頬を紅潮させて鼻息を荒くした。
頼むから話を聞けよ!っていうか、お前なんかと愛を育んだ覚えもこちとらないんだよ!!このスカポンタン王子め!!
なんか言うだけ言って自己満足してるみたいだけど、私を巻き込むなぁ!!そしていい加減に手を離せぇぇぇ!!
あぁもう!こうなったら、不敬だと訴えられたとしてもこの阿呆王子を殴って逃げるしかないのか……!?でも、そんな事したらお父さんの爵位も取り上げられるかもしれないし下手したら重罪だ。しかし、このまま巻き込まれるのは絶対に嫌だ!!
「そこまでですわ、殿下」
私が拳に力を込めたその時、園庭の入り口がばーんっと音を立てて開き透き通った声が響いた。
なんとそこには公爵令嬢様がいて、美しい微笑みを浮かべてこちらを見ていたのだ。
「お、お前!なぜここに?!」
「なぜもなにも、この庭園は学園の生徒なら自由に入れる庭園ですもの。わたくしがいてもなんら不思議はありませんわ」
「そうやっていつも俺を馬鹿にして!もういい、いっそここで全てを暴いてお前を断罪してやる!」
そう言ってさらに鼻息を荒くした第1王子が私の体を強引に引っ張った。
ちょっ、おまっ、なにする気だよ?!っていうか、本当に私を離せよ!!
その様子に危機感を抱いた私は、掴まれている手首をなんとか振りほどこうともがくがびくともしない。ぎゅうっっ!!とさらに力が込められ、アザになるんじゃないかと思うくらいの痛みが手首に広がった。
「いたっ……!」
私が思わず小さな悲鳴を上げた次の瞬間。
ぱしんっ!と鳥が羽ばたいたような静かだが力強い音を立てて王子が吹っ飛び薔薇の中に突っ込んだかと思うと、私の目の前には公爵令嬢様がいたのだ。
────え?まさか、公爵令嬢様が王子を殴り飛ばした??
「汚い手でさわってんじゃねーよ」
公爵令嬢様の熟れた果実のような唇からそんな言葉が紡がれ、私の体はいつの間にか優しい手に抱き締められていたのだった。
ど、どーゆーことぉ?!
***