「……まあ、あいつの言う通り、そのまま簡単に写真集発売したらあかんってのは分かる。そんなことしたってストーカー共が気が付くだけの話や。そんなことになったならば、本気であいつの命の危険があるかもしれへん。そんなことを望んでへんのやろ?」
「それはもちろんです」
桃花に対して、アルはそういうことをすれば望むままの地位が手に入ると言った。しかし、誰かを犠牲にしてまでそこまでの地位を求めてはいないのだ。
もちろんアルが写真撮影に誘ってくれたことは嬉しかった。遊園地に行ったことだってとても楽しい思い出だと思って。しかし同時にそれだけのことをしてくれた人を踏み台にして、「作品」なんて桃花は作りたいなんて思ってはいない。
「やったら、まず一番簡単な話といえば、写真集を制作中止にしてしまうことやな。それは仕事的にどうなん?」
「できなくはないですけれど、もしもそんなことをしたらほかの出版社に行くと」
「……それ、完全に脅してるで」
「だと思います」
それがアルなりの警告だと桃花もわかっていた。
先週は出版社と、そしてモデルであるアルの協力がなければ出来上がるものではないのだ。だから、もしも出版社が断ってきた時にはほかに行くと言っている。そして「櫻木昴」ならば、ほかの出版社は喜んで彼の写真集を作り始めるだろう。
「……やったら、その筋はナシやな。となると、素直に作らへんのが一番、か」
「素直に作らないって……そんなことできるんですか?」
桃花は京志郎の顔を思わず見つめてしまった。そんなことが出来るとは思わなかった。何しろ相手が相手だ。
アルの正体を知ってしまった今彼が芸能界に慣れていることはわかっているし、そもそも彼の交渉術もある。中途半端な条件を付きつけたところで、こちらの条件の穴を見破られて、そこを突かれてしまえば、こちらの作戦がバレてしまう可能性だってある。
そんな危険なことができるのか、わからない。
「……飯田編集長にも言われたんです。アルを……『幸福な王子様』を救うことができるのかって」
桃花は俯いて手をぎゅっと握った。飯田編集長だって、アルのことを「櫻木昴」として売り出したくはなかったはずだ。それをして、アルがどれだけ傷ついてしまったかを知っているから。しかし、本人であるアルが無理やりにでも写真集を出したいと願っている。
そんな状態で今、何ができるのか。
「幸福な王子様? それってあの童話の話やんな?」
そこできょとんと、京志郎は目をまるくしてきた。
「は、はい、そうです。私も、もう一度話を調べてみたんですけど、やっぱり結末はどう考えてもバッドエンドで。だからどうしたらいいかなって、すごく考えてしまって」
南に渡ること選ばず貧者を助けることを選んだ燕もろとも、金色に輝く幸福な王子様はそのまま溶かされてしまった。
後には鉛の心臓だけが残された。
それがとても美しい物のように語られていたが、しかしそうだとは思えない。
もしもアルが末路はそんなものなのだとしたら、桃花には到底受け入れられるものではないのだ。
「それは、簡単な話やんか」
「え……?」
「だって、あれは純金でできた王子様やからこそ起こった悲劇なんやろ? やったら、いっそ王子様の金を全部金メッキにでもしてしまえばええねん。キラキラしてるんやったら一緒やろ? でも燕は運べない。王子様は自分の身なんて犠牲にしなくてもいい」
「だって、それじゃあ王子様は誰も幸せにできないんじゃないんですか?」
そんな物語が破綻してしまうような解決策があるとは思っておらず、桃花は思わず聞き返した。
金メッキで加工した王子様。それならば、確かに金のように価値なくなっている。しかし、見た目は同じだ。
「そもそも王子様が幸福な王子様って言われるぐらいに好かれとったんやろ? やったら存在しているだけで価値があるってことやん。しかも、その像作ったら、やったら、それで王子様の願いは叶えられているはずやし、燕も南にちゃんと言って普通に旅行して帰ってくるだけや。町の人だって重税に苦しむ必要もない。ほら、誰も不幸になる話やないやろ」
「……それって」
確かにそれはそうなのかもしれない。桃花の頭の中で何かが光を保ったような気がした。今まで出口がないと思っていたトンネルにいきなり出口が現れたような。そんな感覚に陥ったのである。
「あの男かて同じや。いっそ金ぴかに塗ったろか。そうしたら、価値はなくなるんやから……っ?!」「それです!!!!」
その時、桃花は京志郎の言葉にかぶせて、飛びつくようにして京志郎の手をぎゅっと握った。ぎょっとした顔をして、京志郎が桃花の顔を見つめる。
「え、どうしたん、お姉さん?」
「それなんですよ!! いっそ、アルを金メッキにしてしまったらいいんです!!」
「え、ほんまにあいつに金塗るつもりなん?」
京志郎は桃花の言葉がすぐには理解ができなかったようだ。何度か?マスカラのついたまつげをまたたかせて、困ったようにそう訪ねて来る。
「そうじゃないです。でも、京志郎さんて特殊メイク界隈もできるんですよね? だったらコスプレメイクとかも可能ですか?!」
「ま、まあ……そりゃあ個人的に人気なコスプレイヤーさんと、そういうタイアップさせてもらったことは何度もあるけれど……まさか?」
完全に勢いを押された京志郎がひきつった笑顔を桃花に浮かべた。
「アルには悟らせません。そして、こちらからの条件は二つ。『メイク担当に中百舌鳥京志郎を起用すること』『作品のコンセプトについてはこちらに決定権を持つこと』。これならあちらも気がつくことはありません」
「……怖いなあ、ほんまに」
桃花の言葉を茶化すように京志郎が言った。それに桃花は笑う。
「違いますよ。だって私は本気で誰もが癒されるような最高の『作品』を作りたいんですから」