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第51話 京志郎の過去

「えっと、なんとか。お待たせしてしまいましたか?」

「ええんよ、俺はここの仕事もせなあかんからちょっと早めに来てただけやし」

「ここの、仕事?」

「そ。いろいろやらんといかんこと多いからなあ。内装の指示出しとかもねこっちに一任されてるから、その辺りもせなあかんやろ」


 このクラブで京志郎はかなり権限を持っているようだ、と桃花も判断する。そんな桃花に、京志郎は「ここ座ってな」と自分の隣を叩く。

 ここで逆らってもいけないだろうと思って、桃花はうなずいて腰を下ろす。


「結構色々お酒用意してみたんだけど、なんか欲しかったりする?」


  テーブルには、キラキラと光るボトルがいくつも並んでいる。シャンパンやウイスキーの高級ボトルには、特注のライトが取り付けられていて、ラベルが鮮やかに輝いていた。

(これって普通の居酒屋で出てくるようなお酒じゃないよねいうかこんなもので、やっぱりとんでもない額がするんじゃ……)

 その酒はどんな味がするかよりも、そのお酒がどれぐらいの値段がするかの方が気になってしまう。それぐらいなんだか恐ろしいものに見えてしまったんだ。こんなところでいきなり桃花に吹っ掛けてきたらどうしようか、と考えながら、桃花は首を振った。


「大丈夫です。もしもお酒が必要になったとしても、ちゃんと話をしてからがいいです」


 桃花のその言葉が京志郎も気に入ったようだった。


「せやなあ、よう言うてくれたわ。そういう返事はとったんよ。このときにいきなりお酒飲み始めたらどうしようかなって。まあ、その時はその時でいろいろ聞きだし方があるんやけど」


 その聞き出し方、というのがどういうものなのかはあまり考えないようにしながら、桃花はうなずく。


「それで、あの……」

「ああ。右京くん、左京ちゃん、ありがとう。こっからは、俺らの秘密の話やから」

「「はい! 失礼いたします!!」」


 そういわれて手を振ると、すぐに二人は頭を下げてVIPルームから退室していった。


「えっと……あの二人は?」

「簡単に言えば俺のファンって感じかな。いろいろメイクアップのコツとか教えちゃったんよ。あんまりにもだっさい恰好してるからそんなアカンで言うたら、そのまま懐きよってな。ああやって役に立ってくれてるからええ子たちなんよ」


 どうやら京志郎を尊敬している子達、ということらしい。

 確かに京志郎のメイクの腕前は、すごいものだと思う。

 何しろ桃花のようなメイクの指導から、お化け屋敷のお化けのような特殊メイクの類いも出来るのだから。

 そんな彼にあえて近くに寄りたいという人がいることも、少し納得出来る気がした。


「やから、まあフリーでもなんとかなってるところはあるんやけどね」

「ああ、そういえばフリーで活動されてるっておっしゃってましたね」

「そうなんよ。いろいろと会社とか企業とかに縛られるもしんどかったもあるけど。目標もなくなってもたから」

「目標?」


 それこそ高みを目指そうと思えば、ハリウッドとか映画関係の特殊メイクにもできるだろうし、どんな一流モデルであろうとメイクをしてくれと言われるほどのメイクの腕前を磨くことだってできる。

 そんな中で、彼が目標をなくすような事態が起こったのだろうか。そう思って。聞き返してみる。


「知ってるやろ? あのいけ好かんやつのこと」

「それって、櫻木昴……?」


 思わず桃花が口に出すと、京志郎はにや、と笑った。


「そうそれ。やっぱり、そのあたりまでは知ったんや」


 やはり彼も何かを知っている様子だった。しかもすぐさま櫻木昴がアルだと気がついたのだから、それなりに何かわかるところがあったのだろう。


「出会ってから最初から分かってた感じなん?」

「いえ、出会った当初は電話番号ぐらいしか教えてもらえなくて。まあ、今もそんな感じなんであまりそこら辺は変わってないんですけど。でも……自分のことをあまり全部知らないでほしいって言ってました」

「うわ……そないなこと言ってたん? あいつ、ほんまに信じられへんわ」


 素直にアルのことを言うと、京志郎は化粧をした目元を歪めて、とても嫌なものを見るかのように、桃花の言葉に反応した。


「そういう風な感じの人なんですかね?」

「昔はもっと違ったんだけどね。何やったらすごく優しくて。業界内の人からの評判も最高やったから」

「……それはネットの記事でも書いてました。ものすごく人当たりがいい人で。誰かねともなく、差別とかもしない人だってだから後輩とかが聞いてきたら、演技指導でもなんでもしたって」


 どれだけ移り変わりが激しくなったとしても、時々思い出したように「櫻木昴」という名前を出されるのはそのためなのだろうか。

 それこそ、何年も動き続けていないような掲示板がまだ削除されずに残っていて、そこで時々思い出話に花を咲かせているのも、そういう風に好かれていたからなのだろうと、それは当時のことをほとんど知らない桃花にも理解できた。


「だったら、京志郎さんも櫻木昴のメイクをしていたんですか?」


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