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第50話 待ち合わせ場所

 ネオンの光が脈打つように明滅する地下のクラブは、まるで別世界だった。

 音楽は耳を突き刺すほどの低音を響かせ、重たいビートが空間を満たしている。入口をくぐった瞬間、汗と香水、アルコールの入り混じった熱気が肌にまとわりついてくる。


「えっと、ここ、だよね……?」


 仕事帰りに指定された住所に行ってみると、そこはなんとも言えない奇妙な世界に包まれていた。

 特に何もしなくても、「京志郎さんの知り合い言うたら入れるから」と言われたが、本当に怖そうなクラブの受付のお兄さんにそういってみると、そのまま頭を下げられて、中に入れてもらった。

 本当はなにか身分証を見せたり、セキュリティーに質問されたり、かなりしっかりしているように見えたのだが、そういうことも何一つなかった。


「……これは、すごいかも」


 フロアに広がるのは、カラフルな髪や奇抜な服装で彩られた人々の群れ。蛍光ピンクやライムグリーンに染めた髪、スパンコールがきらめくジャケット、網タイツに厚底のブーツ――どこを見ても日常では見かけないスタイルばかりだ。金属的な装飾が光を反射し、どこか未来的でありながらも、アンダーグラウンドの空気感を強く放っている。


「ここで写真撮るなら、暗くても大丈夫なカメラだよね」


 ギラギラとした光が強いように見えるが、こういうクラブの場合は基本的には薄暗い場所が多い。だから、絞りを開放して、ある程度暗くても、ちゃんとそのクラスの中にあるものを写し取る事が出来るようなレンズでなくては綺麗に撮ることができないのだ。


「それで京志郎さんは……」

「ねえ、もしかしてあんたが、京ちゃんのお姉さん?」

「マジで、ちゃんと来たんだ。へえ、じゃあ今日は中百舌鳥さん機嫌いいなあ」


 フロアの隅には、顔中にピアスを施した女が、鮮やかなペイントが施されたウォールに寄りかかってタバコをくゆらせている。その目はキラキラと光るアイシャドウに縁取られ、どこか挑戦的だ。隣のソファには、片側だけ髪を刈り上げた若い男が座り、ヴィンテージ風のグラスに注がれたカクテルを楽しんでいるようだった。

 彼らがニヤニヤ笑って、こちらに声をかけた。というよりも、フロアの音楽がうるさすぎてほとんど怒鳴っているような声だった。

 明らかにどこか挑戦的な恰好をしている。少なくとも桃花が綾乃といつもいっているような、大衆的な居酒屋では確実に浮いてしまうような格好をしている。

 そんな相手に、桃花は少し臆してしまいそうになったが、二人に近寄った。


「あの、京志郎さんの知り合いですか?」

「ああ。そうそう。今日もお客さんが来るっていうから案内してって言われてたんだ。」


  顔中にピアスをつけた女が笑いながら、タバコの煙を吐きながら言った。

 その吐き出された煙が、フロアのライトの色を吸って、赤や緑に染まっていく。


「案内、ですか」

「うん、そう。ついて来なよ、別に悪いことしたりはしないから」


  そういって男女の二人は立ち上がる。


「は、はい」


 このまま帰ったところで有効な手がかりはもらえないだろう。

 桃花はドキドキしながら、二人の後をついて行く。

 彼らは脇の階段を上る。

 下のクラブの喧騒を抜け、目線を少し上げると、VIP席はまるで別の世界のように浮かび上がっていた。フロアの一角を見下ろすように設けられたその空間は、低めのガラスの仕切りで隔てられ、特別感を際立たせている。入り口には控えめながらも威圧感を放つスーツ姿のセキュリティが立ち、人々の視線を遮っていた。


「ここって……」


 クラブなんてまともに行ったことはない桃花であるが、しかしVIP席という存在自体は知っている。

 それが数十万もするようなとんでもない値段が。つく可能性もある事も分かった。だからそんなところに通されて何をされるのかと警戒してしまったのだ。


「京ちゃんはここの『特別』だからさあ。特別なお客さんが来るときは、いつもここに通すんだ」


 そんな桃花の緊張を和らげようとしてくれていたのか、女が笑う。


「だからそんなに身構えなくて大丈夫。こんな風に顔中にピアスをあけたいとか思わなければ、そんな風に無理強いしたりもしないから」

「あ、い、いえ……」


 実を言えば、こういう感じのサブカの人を撮る時は、やっぱり影を強くした方がいいかなと頭の片隅でぼんやり考えていましたとはさすがに言えなかった。

 多分、純粋に緊張していましたという方が良い気がしたのだ。


「中百舌鳥さん! 連れてきましたよ!」


 その中はまた、下のフロアとは別の場所だった。

 内部は豪華でありながらも、ベルベット地のソファは濃紺や深紫の色合いで、金属の鋲が縁を飾っていて、決して下品な様子ではない。照明は控えめで、テーブル中央に置かれたLEDライトがゆるやかに色を変えながら、周囲に柔らかい光を投げかけていた。


「ああ、ありがとうなあ。よかった、お姉さんちゃんとここに来れたんやね」


 そこにはたった一人、京志郎が座っていた。

 相変わらず派手な、毛先が白く頭頂部が緑色の髪に、目元にメイクを施した、着物のような袖のある衣服を着こなしている姿。遊園地ではそんな姿が浮いているようにさえ見えたが、ここのクラブに来てみれば逆にそれが良く似合っている。

 むしろ桃花のほうが場違い感が強い。


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