『はい。もちろん。それでは今週末お願いしますね。待ち合わせ場所なんですが、どこにしましょうか? いい感じのディナーでも食べますか? 海の見えるレストランでもいいですし、夜景の綺麗なビルの中なんていう場所もいいかもしれませんよ』
「え、っと……」
楽しそうな提案ではあるけれど、桃花としては正直どこでもいいと思っている。それよりももっと大切なことが話したいと、思ってしまっているのだ。ただ、それを言うわけにはいかないので、必死に考えるふりをする。
「じゃあ、その個室ディナーとか、どうですか?」
『個室、ですか?』
「はい、あの……打ち合わせであまり人がいるところが苦手なんです。その、ごめんなさい、わがまま言ってしまって」
少し苦しいだろうか。そう不安になったが、どうやら納得してくれたらしい。
『わかりました、ではその近くでどこか探してみますね。時間は……そうですね、19時くらいにしましょう、迎えに行きます』
「……ありがとう、ございます」
こうして、とりあえず会う約束だけは取り付けることができたのだった。
「どうしよう……」
電話を切っていた後、その場にしゃがみこんで頭を抱えてしまった。
結局、ずっと悩んでばかりいる気がする。
確かにアルと話す機会を作りたいたのは自分の方だけれど、いざそれが叶うとなると緊張してしまう。
「そもそも、何を話せばいいんだろう」
アルの本名を聞いた話では詳しいことまでは話すことができなかった。というよりも、あまりにも現実味のない話にどう対処していいのかわからなかったというのが本音だろう。
それに、これから一体どうすればいいのかさっぱりわからないままである。
「まずは一度落ち着いて……」
桃花は頭を抱えながらも、どうにか前向きに考えようと気を取り直した。
「まず、話したいことを整理しよう……」
深呼吸をして、自分にそう言い聞かせる。そしてなんとか言葉にする。
「アルが何か隠している理由があるなら、それを無理に聞き出すのはよくないよね。でも……私はアルを助けたい。できることがあるなら、力になりたいって伝えたい」
そう自分に言い聞かせると、少しだけ心が軽くなった気がした。
だが、もう一つ考えなければならないことがあった。
「……私が近づくことで、逆に迷惑になる可能性もあるかも……」
その思いが頭をよぎるたびに胸が痛んだ。しかし、アルの優しい笑顔に、迷う気持ちを振り払う。
「あの綺麗な笑顔をもしも本物にすることができたら、それこそ櫻木昴なんて関係ない。最高の王子様が見つかるはずだから……」
そのためならば、桃花はなんでもするつもりであった。そのためにはやっぱり彼に会わないといけないのだ。
「よし、もう一度、ちゃんと話をしてみよう」
そう決意した。
その時だった。
また、携帯が震えた。
「……誰、だろう、綾乃とか?」
こんな屋根にいきなり電話をかけてくる人物なんて一人しか思いつかない。彼女ならデザイナーをしているから。夜遅い時間に起きていることが多い。だからその鬱憤が溜まってこちらに電話をかけてきたのかもしれない。
そうでなければ、急ぎの仕事の連絡か。
電話をかけてきた人の名前を見ようとしたとき、それが知らない番号だと気がついた。
「……」
そうだ。警戒するのは普通だと思ってる。しかし、その時なぜかほんの少し興味がわいた。
(アルが、櫻木昴だとなんてほとんどいないだろうけど。もし万が一そういう人が私たちのことを見ていて、警告して来たのだとしたら……)
そんな想像が膨らんでいく。もちろんそうなるかどうかなんて分からないけれど。もしかしたら、という疑念が湧いたのである。
「……はい?」
名前は名乗らずに、 恐る恐る電話口に出てみる。
心臓がドキドキと大きく音を立てているのを感じている。それは先ほどまでのアルの電話のような感情ではなく、純粋な恐怖に近いものだった。
『ああ、よかった、お姉さん?』
「……えっと……?」
しかし、電話口に出てきたのは、特徴的なイントネーションを持つ喋り方の男だった。
『あ、もしかして忘れてるん? いややなあ、せっかく何おしゃべりしたいのにすぐに忘れてしまうなんてひどいもんやなあ』
「中百舌鳥……京志郎さん?」
でも電話を取り落としそうになりそうだった。それぐらい驚きが隠せなかったのである。いきなりこんなところに電話してきて、何の用だろうと言う疑問と共に、もう一つ、疑念が彼女の中に膨らむ。
「なんで私の電話番号なんて知ってるんですか?」
『なんでって、そりゃあ名刺に書いてあったから。やから、電話かけてみたんだけど、もしかして忙しかったん?』
言われてよくよく考えてみると、そういえば名刺のところに電話番号を書いてた気がする。他に名詞の中でも二つあって、プライベートで関わるかもしれない人に渡すものと、完全に会社用の二つがある。その中の会社用のものを渡したつもりだったのだが、もしかしたらプライベートうっかりを出してしまったのだろうかと考えに至る。
というか、今はそれ以外の考えを思いつきたくなかったというのもあった。
「そうじゃ……ないですけれど」
『そらよかった! あの時、名刺交換してから一度も電話をかけてきてくれへんやん。だからこっちから電話かけた方がいいかなと思って、気遣ってみたんやけど』
「……いや、えっと……」
さすがにあの時だけの付き合いだとばかり思っていたとは言いたくなかった。
だが、実際、ちょっと化粧直しをしてもらっただけである。確かに、あのあとアイラインの引き方については、京志郎の言うように参考にしてみた所はあったものの、だからといって彼をそのまま信じているわけではない。
そんな桃花の気持ちを知ってか知らずか、京志郎はさらに続けていった。