「……とは言ったものの……これってどうしたらいいんだろう」
部屋に帰ってきてから急に弱気になった。自分でもあそこまでの虚勢を晴れたこと自体、奇跡だと思っている。あんなふうに自分の意見をしっかりと誰かに主張できたのは、いつ以来のことだっただろう。
だが、実際どうすればいいのかと言われてしまうと言葉に詰まる。
「絶対、まずいよね……このままじゃあ……」
せめて少しでも頭の中を整理するために、パソコンを立ち上げた。
「……櫻木昴……か」
そこに彼の名前を検索する。それから画像を検索してみれば、数年前のアルの姿があった。
もちろん、櫻木昴の名前で。アルフレッド・アーチボルトなんて人間は検索しても出てこない。
「こうして見るとなんで気がつかなかったんだろうっていうぐらい、やっぱりそっくりっていうか本人だよね……」
出てくる写真を見るだけでも、二人の顔を隣に合わせてみれば兄弟か、それともよく似たそっくりさんかと言いたくなるレベルで似ていた。
ただ、それが本人かと言われると、さすがに自信が持てないというのは、正直なところだった。やはりどうしてもアルの場合、輪郭の形が違う。髪の色の雰囲気で変えているのもあるのだろうが、そこだけとはいわないが、もしも二人が違う一番の特徴はどこかと言われてみると、その輪郭が骨格から変わっているというところが大きいだろう。
「……どっちもやっぱりかっこいいんだけどな」
綾乃あたりに二人が同一人物だと思うほど聞いてみれば、もしかしたら数年後にこんな姿もあったかもしれない、と納得するかもしれない。
「……アルがそのストーカーがどうなったかを教えてくれなかったけど、今も普通に生活をしている可能性が高いんだよね……これぐらいそっくりだとしたら、櫻木昴だと分かってしまうかもしれないし」
「櫻木昴 ストーカー」と検索してみると、それに似たような事件がいくつもあがってくる。
その中には、櫻木昴が恋人のあとを追って、そのままこの世から消えてしまったと、まるでオカルトめいたことを書いている記事まであった。
それくらい裏では彼がストーカーされていたことについてはみんな知っていたようだ。
「……それくらい、人気だったから」
インターネットのサイトをスクロールして行くと、今でもどこかで櫻木昴がいるんじゃないかと探しているような掲示板まで見つかってしまう。少しだけどきどきしながらも、桃花はそのサイトをクリックしてみるが、ここに寄せられている情報はほとんどが数年前のものであり、最新の書き込みは数件だった。しかも、そのどれもが櫻木昴のことを懐かしむような書き込みばかりで、今の櫻木昴を発見したという情報は一件も上がってきてない。
「それはそう、だよね。あそこまでちゃんと顔を隠していたんだから、さすがにそっくりさんぐらいまでには思ったとしても、本人だと気が付かないよね?」
名前も違うし、最近まだアメリカにいたというのであれば、余計に気がつくはずもないだろう。彼が一体どこに行ったのか探している書き込みが多くても、真相に辿り着いているものはいないようだった。
「……ここまで……いなくなって、でも愛されているアイドルか……」
思わずため息が漏れる。こんな人に、自分が何をできるというのだろう。
「というか、数年前までだったらサイン会とかそういうの……チケット買って何枚もCDとかも積んで、ようやく会いに来たような人だったんだよね。そんな人、だったからかな」
すごく魅力的な人だと思う。かっこいいし、それにやさしい。そんな人に会えたことはうれしいことだと思っているし、 桃花だって一緒に行動したことが楽しいと思っていた。
「……でもそれは、櫻木昴だから、じゃない」
そうじゃなくても、アルはカッコイイと思えた。
だからアルに何ができるのか、どうすればいいのかを考えないといけない。
そんな風に思い始めたとき、ちょうど手元の電話が鳴った。
「……あ、る……?」
そこにあった表示を見て戸惑う。電話をかけてきている相手が本当にアルなのか分からず一瞬だけ戸惑ったのだ。だがこの電話番号を知っている人間は少ないだろうし、それにかけてきた時間も遅い時間だ。そして何より声が聞きたかったので、躊躇いながらも電話に出た。
『桃花、ですよね?』
「……なにか、あったんですか?」
嫌な予感がする。今日の話を白紙にするなんて言われてしまえば最悪だ。しかし、次に続いた言葉は違っていた。
『なにかないと話をしてはいけませんか?』
「そうじゃ、ないですけれど」
なんとなく声のトーンが違うような気がしただけだ。気のせいかもしれないが、それでも何かあったのではないかという可能性が頭を過ってしまう。
『今日はお疲れさまでした』
「……いえ、私なんてなにもしていませんから」
『そんなことはありません、いろいろと無茶なお願いをしてしまいましたね』
「……別に、私は、大丈夫です」
きっとこれは社交辞令のようなものだと自分に言い聞かせながら答える。
『それならよかったです。それでですね、早速なのですが今週末のご予定はどうでしょうか?土曜日は夕方以降でしたら時間が空いているのですが』
その言葉にどきりとする。まさかこんなに早く次の約束を取り付けられるとは考えていなかったからだ。もちろん、桃花が今日言ったことを考えてくれていたのならいいのだが、どうにもそれだけではないような気がしてしまう。
「土曜日ですか?」
『ええ、都合が悪いようでしたら別の日でも構いませんよ』
土曜日と言われてカレンダーを見た。それがほんの数日しか無いように感じてしまう。
それまでに思い付くこと言われてみれば、そこに対して桃花は自信がまったくない。
「いいえ、土曜日で大丈夫、です。えっと、打ち合わせってこと、ですよね?」
どうせこのまま家にいても悶々と考えてしまうだけで何の進展もないような気がする。だったら、少しでも前向きに考えた方がいいに決まっている。