「彼女たちは攻撃対象を僕ではなく、カナにしました。執拗なまでにカナをいたぶり、そしてカナの精神を少しずつ蝕んでいった彼女は、そもそもそんなに強い人間ではなかったんです。だからこそ、最後の最後にはそれに耐え切れなかった」
「……」
それがどういう意味なのか、桃花にもそこまで言われてしまえば理解できた。
「だったら最後には……」
せめてもしもここで救いを望むのならば、彼女がアルと素直に別れてしまえばよかったのだ。そうしてお互いに別れを告げて二度と会わないことを誓って、そして自分たちを取り巻くおぞましい感情をもった人間たちを納得させる。
そうすれば、少なくともその先の悲劇を免れたことだろう。
しかし、実はそうではなかった。
「そうです。カナはビルから飛び降りて亡くなりました。その時の、僕への手紙はすごかったですよ。今でも、とってあります。『あなたの、邪魔者を消しました』なんて。そんなこと僕は一度も頼んだことなんてなかったのに」
「それから彼は少し事件にまき込まれてね。カナさんを亡くしても、それでも納得できないファンたちがアルフレッドくんを襲ったんだ。そうして、彼はその事件を苦慮してアメリカに一度戻って、そしてまたこちらに戻ってきたというわけだよ」
「そんな、ことっ!」
思わず桃花は言葉に詰まることしかできなかった。それはあまりに酷い言葉だったからだ。
「だったら、どうして戻ってきたんですか?! だって、それなら、こんな写真……!!」
こんな写真を撮ってしまって、写真集を出せば、きっとそういうストーカーたちに見つかるだろう。せっかく得た平穏をどうしてわざわざ壊すような真似をするのか。それが桃花には信じられなかったのだ。
「僕はアイドルの『櫻木昴』ですから」
アルはまだ笑ったままだった。
「桃花、あなたになら、理解できるでしょう? ほかの誰にも理解することができなかったとしても、自分の中にある衝動を止めることができない。どうしてもそれだけを叶えたいと思ってしまう。何を失ってそれでも、と。僕の場合は、それがメディアでした。アイドルとして、僕の姿を見て、僕と話すことができて嬉しいと、そうやって笑ってくれるファンの人たちがいることが、僕にとっては何よりも嬉しかったんです。それが何よりもの僕の存在価値だったんですよ」
「そんな、もの」
「否定できると言わせませんよ」
その言葉に、ざあっと血の気が引くのを感じた。
思わずカップを取り落としそうになって、慌ててそれをテーブルの上に置いた。
「だって、あなたも僕を通して『作品』のことしか見ていないでしょう?」
「そ……れは……」
向けられている笑顔が怖かった。笑っているのに、その顔の下で桃花の全てを見透かしている。あの時の遊園地でも、楽しかった思い出も何もかも。アルにとって「アイドル」としての自分を押し付けられる相手だったから。
「だから、桃花を選んだんですよ。だって、そうしたら桃花は幸せでしょう? そしてみんな幸せになるんです。だってまた櫻木昴が帰ってくるんです」
それが、どうにもうなずけなかった。
「誰もが幸せになる……本気で言っているんですか?」
「はい。だって、桃花もどこかで聞いたことがありませんか? 櫻木昴が帰ってきたらいいのにって」
「……っ!」
綾乃が言っていた言葉が耳に響く。以前に軽い口調で言っていた言葉。それを本気でにする人がこの国にどれだけいるのだろう。それを想像するだけで、胸が騒ぐ。
いきなり芸能界から消えてしまった櫻木昴が、復帰して初めての写真集。
そしてその写真集を撮ることに選ばれた。輝かしい栄誉を手に入れた桃花も、きっと注目すに違いないと彼はいっている。そのことを否定することはできない。
だが同時に桃花にはどうしても納得できないものがあったのだ。
「あの……それは、アルの、……アルフレッドさんの、幸せはどうなるんですか?」
「……」
アルは返事をしなかった。
「『櫻木昴』は……私だって名前を聞いたことあるぐらいのアイドルです。でも、そんなアイドルが普通に遊園地で撮影をしていたとしても、誰もわからなかった事実、私もわかりませんでした。きっとファンの人だっていた。でもその人たちだと分からない。だって、櫻木昴は消えたんですから」
「……そうですね。それにそんな消えたものが簡単に見つかるとは思わない」
「……だったら、そのまま平穏に生きることだってできる。それに、ストーカーって、捕まってたりするんですか?」
「いいえ」
アルは静かに首を振ってくる。もしそうだったらどれほどいいのだろうというような。どこか諦めのような顔色をにじませている。それがまた、桃花の心を追い詰めようとしてくるのだ。
「だって彼女たちは何の手も予防していないんです。その頃はまだネットでの特定というものは、なかなか難しいものがありましたからね。海外のサーバーをいくつも経由してしまえば、今でも捜査は難航しますよ」
「だったら! だったら、余計に……!」
こんなバカなことしなくてもいいのに。
そういいそうになって、先ほどアルが言った言葉を思い出して口ごもる。
もしも自分が同じ立場になったとして。二度と写真を作ることができないかもしれない。そう現実を突きつけられてしまった時。
そうなった時、写真を撮らずにいられるだろうか?
それを考えた時に、真っ向からアルの意見を否定することができなくなってしまったのである。